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2014年4月の記事

◆ フランスの持ち寄りランチ

2日間、Semur en Auxoisというブルゴーニュの街で、美術学校で彫塑のスタージュに参加することになりました。朝の9時半から夕方5時まで、びっしり土日の2日間を、モデルを使って彫塑を作る教室。

こちらでは、こうした美術のスタージュがあちこちで開かれていて、普通の人々(つまり、社会人たち)が気軽に参加できるのだとか。私が参加した2日間も、来ていたのは老若男女入り交じった14人の参加者で、中にはパリで教会の彫刻などの修復を仕事にしているという30代の男性もいました。
日本だと、どうしても美大の受験対策みたいな講座のほかは、引退した熟年男女の社交場のようになってしまうことが多く、なかなかいいデッサンの機会を得ることができないんだけど、こっちはこんな風に美術が日常にとけ込んでいてすごくいいいなあと思います。
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粘土を使った彫塑は初めて。
「デッサンはしたことがあるんだけど、彫塑は初めてだ」と先生に伝えたら、「これは粘土を使ったデッサンなのよ」と。
なるほど、いわゆる3Dの立体デッサンということか。
2日間かけてバストアップの胸像を一つ作るという贅沢な体験には、昼ご飯の持ち寄りというおまけもついていました。
ふえー。
フランス人相手に何を作っていけばいんじゃろう。
なんだか緊張。
冷えてもおいしいもので気軽に作れるもの。。。。。と、最初はプチトマトのマリネとか、カポナータやラタトゥイユと考えていたのですが、フランス語の先生に相談したら、
「トマトもなすもズッキーニも季節はずれよ。やめなさい」と即座に却下。
マルシェで野菜を買うことの多いこちらでは、野菜の旬はとても大切なことなんじゃなああ。スーパーの買い物で、季節感というものが希薄になってしまっている自分を反省。
ほいじゃ、いまの季節は何を買えばいいの? と聞いたら、そうねええ、人参とかじゃがいもがいいんじゃない? という。
ふむ。
ということで、一日目は無難にじゃがいものサラダ。
二日目は人参とツナのサラダに決定してみる。どちらもいつも作っているし、多少素材が変わってもなんとかなるレシピだろうて。
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こんな風に、持参したふろしきに包んで持っていったら、とても好評。
一日目。
はじめての場所に、はじめての体験。
フランス語がさほどできるわけでもなく、見知らぬ人にお願いして車でつれていってもらい、見よう見まねで粘土の準備をして、先生の早口のわけのわからんフランス語に必死についていくだけで、もうへとへとの状態で午後1時となる。
にわか、
食べよう、食べようの声かけのもと、中庭に手際よく即席のテーブルがしつらえられて椅子が並び、ロールになったわら半紙のようなものをテーブルクロスにして、クリップで止めていくという作業が、慣れた手つきで行われ出しました。
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一方ではパンを切り出す人、サラダを作り出す人、グラスや皿を並べ出す人。
あっという間に白ワインが開いて、14人分のグラスに少しづつつがれて、パンを片手におしゃべりがはじまる。
アントレに出てきたのは、チーズのキッシュ。
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のんびりゆっくり。
やがてサラダやハムが並び出し、
a table(ア ターブル)という声が先生からかかるまで、たぶん20分ぐらいは1杯のワインを片手に立ち話に花が咲き。
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やっとテーブルについて、それぞれが持ち寄った料理をシェアして食べました。
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これはレンズ豆のサラダ。あっさりしていておいしい!
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人参のとってもシンプルなサラダ。人参はボイルしてあります。
これがものすごく大人気。人参おいしい、何で味付けした? 私にもちょうだい、とあっという間に売り切れる。
一方で私の作ったポテトさらだは、少々売れ残り気味。。。。
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うーん。ちょい日本っぽさを出そうと、ごまとだし醤油を足したのが敗因だろうか。
えーん、気になる。。。。。。
とはいえ、これは翌日二日目にはきれいになくなり、
「ごまを入れたのね。すごくいいアイデアだわ。日本にはごま塩ってあるでしょう? あれはBioのお店に売っていて、私も大好き」と先生にほめられる。
ちょいほっとしました。
2日目のメニューはまた改めて。
そんなこんなで、
ああ、もうおなかがいっぱいだ! と思った頃に、チーズがまわりだし、
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ああ、なんておいしいんじゃろうと思っておなかいっぱいになった頃
これまたほっぺが落ちそうなお菓子が登場し。
結局白ワイン2本、赤ワイン1本を14人で飲みながらのお日様の下でのランチは、1、5時間ほど続きました。
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たっぷり時間をかけた昼ご飯。
おなかがいっぱいで、この日の夕ご飯は食べずに寝ました。
ほいでもね、食べたものは野菜が中心で、ちっとも暴飲暴食はしていないんです。
ワインも小さなグラスで、白を1杯、赤を1杯飲んだだけ。
アメリカにいたときの、大量の肉やパンやケーキでおなかがいっぱい! という感じとは、なんだかちょっと違う満腹感。
お日様の下で時間をかけて、おしゃべりをしながら少しづつ
野菜や豆、パンとチーズなんかを少しづついろいろ食べると
なんともいえぬ満腹感に満たされるものなんだなあと思います。
この満腹感は、じっくりと長く続く。
だから、夜は軽くてもほとんど食べなくても、だいじょうぶ。
短時間で炭水化物をどか食いすると、夕方からすごくおなかがすいたりするじゃない?
あれとは対極の感じの満腹感が、ちょっと新鮮でした。
2日目のメニューも改めて。
今日は写真をアップしてほとんど終わりという感じですみません。
毎日かけるかなあって思ってたけど、なかなか時間がない。
フランスの滞在も、あと10日です。

◆ 夕ご飯より昼ご飯がごちそう

息子がアメリカに行ってしまってからというもの、私の夕食はすこぶる質素になりました。だって、夜たくさん食べると調子が悪いんだもん。

夕方になるとおなかは空くけど、だからといってがっつりとおかずを作ると、持て余す。それは単に、私が年齢を重ねて、あっさりしたものを好むようになったから、と思っていたのですが、単に体が受け付けるかどうかということのほかに、気持ちが受け付けるかどうかという部分が多分にあったのではないか、と、このところよく考えます。 

なんというか、夕食こそが、母親として主婦として、家族に「食べさせる」という役目を担うための最大の晴れ舞台というか。
朝食もしっかりとらせなくてはと思うけれど、忙しくてなかなか思うようにならない日々の中で、夕食こそは!!!  とにかくきちんと用意して、ささやかながらも「おいしい!」という笑顔や言葉を引き出せるようなものを(実際にはほとんどそういうものは引き出せなかったりするのだが、なぜか毎回そんな幻想をいただきつつ)、ある程度の手間と時間を割いて(ココ大事。外食や総菜ではこのメンタルポイントは網羅できない)、さらなる幻想としては、家族全員が食卓を囲み、会話をしながら夕食をとらなくては。

さらには、育ち盛りの男の子であるからして、男子がぱくぱく食べるようなものを考え、彩りや栄養のバランスもよくして、残さず食べてもらいたいとか、嫌いなものも上手に調理したらおいしく食べてくれるのではないかとか、家庭の味をしっかり覚えて巣立って欲しいとか、化学調味料とかなるべく使わないで工夫しているんだよとか、もう、なんつーの? なんなの、この激しくコンプリケ(複雑)な母親の脳内って。

とにかく、なんだかようわからんけど、激しくたくさんの思いや義務や希望や趣味趣向のようなものが、夕食という毎日のたった数十分(たとえ1時間かけて準備をしたとしても、子供が食べ終わるのなんて、ほんの10分から20分の間だったりするわけで)のために使われていたなあ、と。
子供が巣立ってみてはじめて、ありゃあ、なんだったのかいなあと思う訳です。

子供が一人巣立っても、まだ残っている子供がいたり、子供のように箸を握って待ってる夫がいたり、ほかの家族がいる場合は、まだまだ主婦の情熱は「家族の夕食」に向けて注がれていくのだろうけれど、私は一人になっちまったもんで、そんな情熱はすっかりきれいに消えてなくなった。

代わりに残ったのは、

夜なんてたくさん食べてもからだも心も持て余すだけだから、一番好きなものを、ほんのちょっとだけ、楽しく食べればそれで幸せ

という思いだけなわけで、決して夕食の献立をおざなりにしているわけではないのだけれど、さまざまな思いや義務みたいなものが削ぎ落とされていった先に残ったのは、納豆ご飯プラス、ちっちゃな煮魚だったり、旬の野菜のお浸しだったり、めざし2匹だったりするのだった。


なぜこんな前置きを書いているのかというと、フランスに来てしばしば思う、こっちの人の夕食の簡素さと、それはちょっと似ているのではないか、と思ったから。

美食の国だからといって、夕食はさぞかし豪勢なものを食べているのかと思いきや、多くの家庭ではスープとゆで卵とパンだったり、サンドイッチとワインだけだったりする。
あ、なんかこんな話は前にこのブログにも書いた気がするなああ。

ま、いいや。

というわけで、このところの夕食を備忘録で。
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Bioのハム1枚。昼の残りのトマトサラダ少々と、前日の残りのタブレ(クスクスで作ったサラダ)、こりゃまた前日の残りのレンズ豆の煮たものに、パンとチーズ。ロゼワイン1杯。レンズ豆の煮物のみ、温かい料理で、あとは冷たいものばかり。

ハードタイプのチーズ用に、アカシアのはちみつが出てる。ハムは、こちらではたいてい上記のようなサイズが4枚入って2ユーロぐらいで買える。これはBioのハムなので、2枚で2ユーロぐらいだった。それでも、日本よりはぜーんぜん安い。 
ハム大好物の私にとっては、この日の夕食は超ごちそうなんだけど、おそらく東京で息子がいる日常では、冷たいハム1枚の夕食というのは、想定外だったのではないかと思ったりします。
ほいでも、なんと充実した夕食であることよ。

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次の日。
一枚余っていたハムを、チーズとちょっとだけ残ったタブレと一緒にパンに挟んだサンドイッチ。さらに残っていたレンズ豆の煮物。最後のところにはソーセージと人参さんが残っていたので、ほくほくいただく。

3日目のお惣菜でも、このくらいの量なら気にならないなああ。ほいでも、家族がいるとブーイングが出たりして、同じ総菜が3回続けてメインに出るってのはほとんどしなかった気がする。自分のためだけなら、ぜんぜん気にならないのに。なんでだろう。

夕食はこのぐらいの量がちょうどいいなあと、切に思う。
食べ盛りの子供だとだめなのかな。サンドイッチ2個にすれば、問題ないってことないのかな。なんつか、見栄えの問題で、いろいろ並ばないといかんという気持ちの縛りみたいなものがあったのかな。そういうもんだよということで、しれっとサンドイッチの夕食を続けていれば、ブーイングなんてしなかったんじゃかなろうか@子供。 
もう、すぎてしまったことだから、なんともいえぬ。
わからない。 
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これは昨日。
昨日はスーパーに買い物に行ったので、なんだか気持ちが大きくなっていろいろ目についたものを買ってしまった。

大好きな白いソーセージ。ボイルして1本。
フランスではブータンブランとして売られているけど、ドイツではヴァイスブルストっていう名前で、これまた大好物なんだけど、日本ではとても高くてよう買えない。2本で2ユーロなんて夢のような値段だ。うえーん。日本でも食べたいよう。
アスパラガスの瓶詰めもとっても安い。

結果的にほくほく買ってきて作りすぎてしまった感があり、奥の方に映っているのは人参とポワローネギのスープなんだけど、これは食べきれずに丸ごと冷蔵庫に直行した。
ビールの小瓶を1本だけ飲んだ。

これだけでも、もう夕食には多すぎて食べられないんだなあって思う。 
夕食って、いったい何なんだろう。


今日フランス語の先生と夕食の話をしていて、フランス人は夕食はとっても軽いし、彼女は食べ過ぎたなあと思う日は、スープだけにしてあとは食べずに寝てしまうと話してた。

それでも、日本では夕食が一番のごちそうっていう感じよね、というので
なんというか、夕食はごちそうを作って団らんをするものだという刷り込みもあるのかもしれないと話したら

それは妙ねえ。
だって日本の男性はすごくよく働いて帰ってくるのは遅いじゃない?
多くのサラリーマンは11時ごろに一人で食べたりしない? 
家族団らんって夕食でなかなかできないんじゃないかしら。

といわれて、おやおや、まさにその通りじゃねえとなんだか不思議な気になった。

私の場合はシングルだったから、家族団らんは息子一人に向けられたもので、とにかく息子を食べさせなくては! という思いがあったわけだけど、たしかに夫がいた時は、彼は決して夕食の時間に家に帰っていたりなどしなかった。

ごちそうで団らんって、いったい何なんだ。
団らんってちょっと、幻想じみてないか。

あ、もしかして。
昔ながらの家族(”昔”が何をさすのかというところで大きな落とし穴があるけれど)としては、家族を養うために懸命に働いてくれている大黒柱が帰宅した時に、その労をねぎらい、働いてくれたお金で買える範囲のごちそうを供してもてなすことが、主婦の役目だったということはないのだろうか。
だから、夕食が一番のごちそう、と。

で、家長だけが晩酌ができたり、一皿多かったりする、と。

それがいつのまにか、その家長が夕食の時間に存在しなくなり、子供がその地位をとって変わり、おかあちゃんたちは子供たちを第一の念頭に置いて夕食のごちそうに頭をひねっている。

そういう構図なのじゃろか。 


今日の日記はなんの結びもなく、なんのまとめもなく
ただ、そんなことをいろいろ考えながら毎日夕食を食べています、というお話でした。

夕食は軽くすると、本当にからだが楽になります。
同時に、調理が楽になるので、夜がとっても有効に使えるようになる。

米炊いて、煮炊きして、提供して、残ったものを冷蔵庫にしまい、洗い物をし、遅れて帰ってきた人にまた提供し、、、、、、
なんてことの繰り返しで夜が終わってしまうのは、なんだかもったいないもんだよなあと思ったり。
ほいでも、そこに潜むちっちゃな幸せややりがいというのも確かに存在していて、子供がいない日常では、そこにあった幸せは、ちょっと失ってしまう。

食べるってこと、作るってことは、いろんなことと結びついていて、おもろいです。
さて、明日は週に一度のBioのマルシェが立つので、いろいろ野菜など買ってこようと思ってます。楽しみだ。

PS
最後まで読み返してみたら、タイトルと内容が微妙にあっていないことに気づく。
ごめんなさい>笑

昼ご飯を一番よく食べるよー、ってこっちの人に聞くことも多いんだけど、それはライフスタイルによるわけで、いろいろ違いもある。そのあたりもなんだかおもろいわよねえと思ったりもしたのでした。このあたりはまた改めて。

◆ チーズは安いから食べるのだと思う

昔からよく書いてるんだけど、朝からガス台で調理をして洗い物を出す朝食を作る国って、ほとんどないなあって思うんですよね。日本の朝食幻想については、昔からあれこれ思うところありなんだけど、じゃあ、調理をしないで何を食べるのよってあたりが、米を主食にする国としては悩ましいところであったりします。

今日の朝食。
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昨日の夕ご飯の残りのスープちょっとだけ。レンジで。
ルバーブとあんずのコンフィチュール、残り。
野菜ジュース。
フランスパン。
チーズちょこちょこ切り取って。これは毎日冷蔵庫に入っている。

ドイツでも、こんなプレートにチーズやらサラミやらを載せたものが毎日冷蔵庫に入っていて、朝はそれが出てくるだけということが多かったけど、こんなもんがあったりすると、朝も重宝したりするもんだなあと思います。

チーズくんはこちらでは食後のデザートみたいに食べることが多く、私が到着するのに合わせて、先生が冷蔵庫にこんなセットを作ってくれており、感涙ひとしきり。


ほいでも、私は日本ではほとんどチーズは食べません。
お店でもあまり注文しないなああ。
なんか、すごくしみったれた気分になること多く。

うやうやしくごく少量のチーズをありがたくいただいて大枚お支払いするような食べ方は、なんかつまんなくて好かない。そこまでして食べたいほと、チーズが好きなわけでもなく、冷蔵庫にはサンドイッチ用のスライスチーズとピザ用チーズと粉チーズが入っていれば、それで十分という感じなんだけど、やっぱりフランスに来たらチーズはおいしいです。

ほでもって、惜しげなくぱくぱく食べるのが、やっぱりチーズはおいしいなあと思います。 
だって、こんな値段だもん。 
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ほとんどのチーズは1ユーロから2ユーロの間の値段です。 
パリなどに行くと高いけど、地方ではみなこんなもん。 
さらには、近くの家で作ってるよー、なんてこともあり、もうなんだかおいしくて卒倒しそうなシェーブルとかフロマージュブラン(クリームチーズのあっさりしたようなもん)が、やはりそのくらいの値段で手に入ったりします。 
ほしたら、食べるんだよねえ。ぱくぱくと>笑 
スティ先の先生いわく
「日本は驚くほどチーズ高い〜!!!」

うん、そうだね。まあ、それは仕方ない。

「でも、もっと信じられないのは、日本ではお米が高いこと」

お米、高いですか?

「だって、主食でしょう? なのにあの高さはびっくり。子供がたくさんいる人とかは本当に大変ね」


フランスは農業大国なので、食品は安いのだけれど、政府の方針というのがあって、主食であるパンはどんなに貧乏な人でも食べられるように、とても安いわけです。
パンとチーズとワインは、日本では高級品だけど、こちらでは必需品なのでたいがい安い。 

パリの街角にいる路上生活者は、結構な確率でワインとパンをぶら下げていたりします。以前滞在していたムフタール通りでは、夜になるとレストランのギャルソンくんが、残ったパンなどを袋に入れて、路上生活者に配ったりする風景もあり。

(そして、受け取る側もぜんぜん悪びれず、当たり前のように受け取りながら、普通に政権話をしている風景に出くわしたりすると、なんか根底にある考え方がすごく違うんだなあと思ったりもします。駅や公園にいるホームレスの人たちと、普通に話し込む人が多いのも、フランスならではじゃなあと思います。意外といろんなこと知ってたりするらしいよ)

ってなわけで話がずれちゃったけど、とにかくパンとかチーズは安いわけです。 
バゲットとか、田舎にくると70セントとか50セントってことも。1本100円。
ま、日本でも底値の食パンは100円で買えるけど、ポイントは100円で手に入れるものが工業製品ではなく、そのパン屋さんで毎朝焼いてる焼きたてのパンだということ。チーズもそのへんで作ってるものだったりすることで、これはアメリカの食品の安さの感性とは、ちょい違うなあと思ったりします。

まあ、フランスもカルフールなどが台頭して地方都市では工業製品が満載だったりするし、悪名高いモンサントはフランスの会社でもあるわけで、明るい部分だけじゃ全然ないのはわかった上で、いろいろおもろい食の事情はあるなあと思う訳です。


そんなこんなで、いろんなことを考えながらの朝食。

ブリアサバランというチーズがたまらなくうまいです。 
ハードタイプのものは、アカシアのはちみつなんかをつけて食べると、こりゃまたたまならくうまいです。

あまりにもうまいから、東京に帰ってからも食べたくなって、チーズ買ったりするんだけど、1000円以上だして一種類だけ食べてもおいしくないんだよねえ。
さらには、小さく小さく切ったチーズを3切れぐらいうやうやしく出されるようなレストランに行っても、なんか悲しくなってしまい。

とりあえずは来たらいっぱい食べておこうと思う今日なのでした。

備忘録で書いています。毎日同じようなもんがアップされるとおもいますが許してね。

◆ ラタフィアとグルジェール

ブルゴーニュの名産でもある、ラタフィアという食前酒に、これまたブルゴーニュ名物のチーズ味のシュー生地で作ったグルジェールというパンを合わせて。

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RATAFIAというお酒は、このあたりでシャンパンを作るときに使ったぶどうの残りかすを使って作るブランデーのようなお酒に、お酒にする前の未発酵のぶどうジュースを加えて作った食前酒なのだとか。

ちょいブランデーみたいな風味があるけど、ぶどうジュースで薄めてあるから軽くておいしい。ふむふむ。

そして、シュー生地にチーズを入れて焼いたグルジェールというパンが、これまたとてもよう合うというわけです。上手に考えたねえええ。(感心)。

どの土地でも、その土地でとれるものを使って作られた名物料理というのは、その土地のお酒にとてもよく合うものだなあと思います。塩辛と日本酒がよく合うとか、かつおのたたきと焼酎がよく合うとか、もう、考えだすだけで口元が緩む。。。。というか。笑。

ぱくぱくとラタフィアとグルジェールをいただいている間に、スープができました。

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グリンピースは、フランス語でプチポワといいます。かわいいね、プチポワ。なんかロシアの体操選手の名前みたいだ。

スープのあとには、この季節にたくさん市場に並ぶアーティチョーク。一時間以上じっくり時間をかけて蒸したものを、一枚づつ葉っぱをはがしながらいただきます。

昔、食べ方がわからなくてググったら、外側の固い皮は全部捨てて、内側の柔らかいところだけを、上部を切り落として食べるとあって、そうして食べたけどちっともおいしくなく、楽しくなく。

こちらで食べ方を教わってから、はじめて好きになった野菜。

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外側からはがしながら、根元の柔らかいところを歯でこそげとるように食べていき、内側の柔らかいところに来たら、上のところを手ではずして、かぶりつく。
ここに至るまでのプロセスがなんとも楽しく、会話も弾むし、何より中心にたどり着いたときの達成感といったら。

なんともいえぬ苦みがいいです。
春のものは、みんな苦いんだなあと感心します。

春ってさ、ほろ苦いんだよ。うん。
青春みたいに。


アーティチョークをむはむは食べている間に、メインができました。

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子羊のソテー。ほうれん草は、生クリームで最後仕上げてあります。
たくさんお肉があるように見えるけど、半分は骨なので、今日のごはんは野菜がいっぱいでおいしかったー。
子羊の肉には、ロゼワインが合うのだそうです。
ブルゴーニュのロゼは、きりっと軽くておいしい。そうか、ラムにはロゼか。
最初赤を飲んでいたんだけど、いわれてみれば赤よりロゼが合う気が。。。。(単純)。

おいしかった。
ごちそうさまでした。   

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