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◆ フランスの持ち寄りランチ

2日間、Semur en Auxoisというブルゴーニュの街で、美術学校で彫塑のスタージュに参加することになりました。朝の9時半から夕方5時まで、びっしり土日の2日間を、モデルを使って彫塑を作る教室。

こちらでは、こうした美術のスタージュがあちこちで開かれていて、普通の人々(つまり、社会人たち)が気軽に参加できるのだとか。私が参加した2日間も、来ていたのは老若男女入り交じった14人の参加者で、中にはパリで教会の彫刻などの修復を仕事にしているという30代の男性もいました。
日本だと、どうしても美大の受験対策みたいな講座のほかは、引退した熟年男女の社交場のようになってしまうことが多く、なかなかいいデッサンの機会を得ることができないんだけど、こっちはこんな風に美術が日常にとけ込んでいてすごくいいいなあと思います。
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粘土を使った彫塑は初めて。
「デッサンはしたことがあるんだけど、彫塑は初めてだ」と先生に伝えたら、「これは粘土を使ったデッサンなのよ」と。
なるほど、いわゆる3Dの立体デッサンということか。
2日間かけてバストアップの胸像を一つ作るという贅沢な体験には、昼ご飯の持ち寄りというおまけもついていました。
ふえー。
フランス人相手に何を作っていけばいんじゃろう。
なんだか緊張。
冷えてもおいしいもので気軽に作れるもの。。。。。と、最初はプチトマトのマリネとか、カポナータやラタトゥイユと考えていたのですが、フランス語の先生に相談したら、
「トマトもなすもズッキーニも季節はずれよ。やめなさい」と即座に却下。
マルシェで野菜を買うことの多いこちらでは、野菜の旬はとても大切なことなんじゃなああ。スーパーの買い物で、季節感というものが希薄になってしまっている自分を反省。
ほいじゃ、いまの季節は何を買えばいいの? と聞いたら、そうねええ、人参とかじゃがいもがいいんじゃない? という。
ふむ。
ということで、一日目は無難にじゃがいものサラダ。
二日目は人参とツナのサラダに決定してみる。どちらもいつも作っているし、多少素材が変わってもなんとかなるレシピだろうて。
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こんな風に、持参したふろしきに包んで持っていったら、とても好評。
一日目。
はじめての場所に、はじめての体験。
フランス語がさほどできるわけでもなく、見知らぬ人にお願いして車でつれていってもらい、見よう見まねで粘土の準備をして、先生の早口のわけのわからんフランス語に必死についていくだけで、もうへとへとの状態で午後1時となる。
にわか、
食べよう、食べようの声かけのもと、中庭に手際よく即席のテーブルがしつらえられて椅子が並び、ロールになったわら半紙のようなものをテーブルクロスにして、クリップで止めていくという作業が、慣れた手つきで行われ出しました。
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一方ではパンを切り出す人、サラダを作り出す人、グラスや皿を並べ出す人。
あっという間に白ワインが開いて、14人分のグラスに少しづつつがれて、パンを片手におしゃべりがはじまる。
アントレに出てきたのは、チーズのキッシュ。
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のんびりゆっくり。
やがてサラダやハムが並び出し、
a table(ア ターブル)という声が先生からかかるまで、たぶん20分ぐらいは1杯のワインを片手に立ち話に花が咲き。
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やっとテーブルについて、それぞれが持ち寄った料理をシェアして食べました。
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これはレンズ豆のサラダ。あっさりしていておいしい!
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人参のとってもシンプルなサラダ。人参はボイルしてあります。
これがものすごく大人気。人参おいしい、何で味付けした? 私にもちょうだい、とあっという間に売り切れる。
一方で私の作ったポテトさらだは、少々売れ残り気味。。。。
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うーん。ちょい日本っぽさを出そうと、ごまとだし醤油を足したのが敗因だろうか。
えーん、気になる。。。。。。
とはいえ、これは翌日二日目にはきれいになくなり、
「ごまを入れたのね。すごくいいアイデアだわ。日本にはごま塩ってあるでしょう? あれはBioのお店に売っていて、私も大好き」と先生にほめられる。
ちょいほっとしました。
2日目のメニューはまた改めて。
そんなこんなで、
ああ、もうおなかがいっぱいだ! と思った頃に、チーズがまわりだし、
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ああ、なんておいしいんじゃろうと思っておなかいっぱいになった頃
これまたほっぺが落ちそうなお菓子が登場し。
結局白ワイン2本、赤ワイン1本を14人で飲みながらのお日様の下でのランチは、1、5時間ほど続きました。
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たっぷり時間をかけた昼ご飯。
おなかがいっぱいで、この日の夕ご飯は食べずに寝ました。
ほいでもね、食べたものは野菜が中心で、ちっとも暴飲暴食はしていないんです。
ワインも小さなグラスで、白を1杯、赤を1杯飲んだだけ。
アメリカにいたときの、大量の肉やパンやケーキでおなかがいっぱい! という感じとは、なんだかちょっと違う満腹感。
お日様の下で時間をかけて、おしゃべりをしながら少しづつ
野菜や豆、パンとチーズなんかを少しづついろいろ食べると
なんともいえぬ満腹感に満たされるものなんだなあと思います。
この満腹感は、じっくりと長く続く。
だから、夜は軽くてもほとんど食べなくても、だいじょうぶ。
短時間で炭水化物をどか食いすると、夕方からすごくおなかがすいたりするじゃない?
あれとは対極の感じの満腹感が、ちょっと新鮮でした。
2日目のメニューも改めて。
今日は写真をアップしてほとんど終わりという感じですみません。
毎日かけるかなあって思ってたけど、なかなか時間がない。
フランスの滞在も、あと10日です。

◆ 夕ご飯より昼ご飯がごちそう

息子がアメリカに行ってしまってからというもの、私の夕食はすこぶる質素になりました。だって、夜たくさん食べると調子が悪いんだもん。

夕方になるとおなかは空くけど、だからといってがっつりとおかずを作ると、持て余す。それは単に、私が年齢を重ねて、あっさりしたものを好むようになったから、と思っていたのですが、単に体が受け付けるかどうかということのほかに、気持ちが受け付けるかどうかという部分が多分にあったのではないか、と、このところよく考えます。 

なんというか、夕食こそが、母親として主婦として、家族に「食べさせる」という役目を担うための最大の晴れ舞台というか。
朝食もしっかりとらせなくてはと思うけれど、忙しくてなかなか思うようにならない日々の中で、夕食こそは!!!  とにかくきちんと用意して、ささやかながらも「おいしい!」という笑顔や言葉を引き出せるようなものを(実際にはほとんどそういうものは引き出せなかったりするのだが、なぜか毎回そんな幻想をいただきつつ)、ある程度の手間と時間を割いて(ココ大事。外食や総菜ではこのメンタルポイントは網羅できない)、さらなる幻想としては、家族全員が食卓を囲み、会話をしながら夕食をとらなくては。

さらには、育ち盛りの男の子であるからして、男子がぱくぱく食べるようなものを考え、彩りや栄養のバランスもよくして、残さず食べてもらいたいとか、嫌いなものも上手に調理したらおいしく食べてくれるのではないかとか、家庭の味をしっかり覚えて巣立って欲しいとか、化学調味料とかなるべく使わないで工夫しているんだよとか、もう、なんつーの? なんなの、この激しくコンプリケ(複雑)な母親の脳内って。

とにかく、なんだかようわからんけど、激しくたくさんの思いや義務や希望や趣味趣向のようなものが、夕食という毎日のたった数十分(たとえ1時間かけて準備をしたとしても、子供が食べ終わるのなんて、ほんの10分から20分の間だったりするわけで)のために使われていたなあ、と。
子供が巣立ってみてはじめて、ありゃあ、なんだったのかいなあと思う訳です。

子供が一人巣立っても、まだ残っている子供がいたり、子供のように箸を握って待ってる夫がいたり、ほかの家族がいる場合は、まだまだ主婦の情熱は「家族の夕食」に向けて注がれていくのだろうけれど、私は一人になっちまったもんで、そんな情熱はすっかりきれいに消えてなくなった。

代わりに残ったのは、

夜なんてたくさん食べてもからだも心も持て余すだけだから、一番好きなものを、ほんのちょっとだけ、楽しく食べればそれで幸せ

という思いだけなわけで、決して夕食の献立をおざなりにしているわけではないのだけれど、さまざまな思いや義務みたいなものが削ぎ落とされていった先に残ったのは、納豆ご飯プラス、ちっちゃな煮魚だったり、旬の野菜のお浸しだったり、めざし2匹だったりするのだった。


なぜこんな前置きを書いているのかというと、フランスに来てしばしば思う、こっちの人の夕食の簡素さと、それはちょっと似ているのではないか、と思ったから。

美食の国だからといって、夕食はさぞかし豪勢なものを食べているのかと思いきや、多くの家庭ではスープとゆで卵とパンだったり、サンドイッチとワインだけだったりする。
あ、なんかこんな話は前にこのブログにも書いた気がするなああ。

ま、いいや。

というわけで、このところの夕食を備忘録で。
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Bioのハム1枚。昼の残りのトマトサラダ少々と、前日の残りのタブレ(クスクスで作ったサラダ)、こりゃまた前日の残りのレンズ豆の煮たものに、パンとチーズ。ロゼワイン1杯。レンズ豆の煮物のみ、温かい料理で、あとは冷たいものばかり。

ハードタイプのチーズ用に、アカシアのはちみつが出てる。ハムは、こちらではたいてい上記のようなサイズが4枚入って2ユーロぐらいで買える。これはBioのハムなので、2枚で2ユーロぐらいだった。それでも、日本よりはぜーんぜん安い。 
ハム大好物の私にとっては、この日の夕食は超ごちそうなんだけど、おそらく東京で息子がいる日常では、冷たいハム1枚の夕食というのは、想定外だったのではないかと思ったりします。
ほいでも、なんと充実した夕食であることよ。

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次の日。
一枚余っていたハムを、チーズとちょっとだけ残ったタブレと一緒にパンに挟んだサンドイッチ。さらに残っていたレンズ豆の煮物。最後のところにはソーセージと人参さんが残っていたので、ほくほくいただく。

3日目のお惣菜でも、このくらいの量なら気にならないなああ。ほいでも、家族がいるとブーイングが出たりして、同じ総菜が3回続けてメインに出るってのはほとんどしなかった気がする。自分のためだけなら、ぜんぜん気にならないのに。なんでだろう。

夕食はこのぐらいの量がちょうどいいなあと、切に思う。
食べ盛りの子供だとだめなのかな。サンドイッチ2個にすれば、問題ないってことないのかな。なんつか、見栄えの問題で、いろいろ並ばないといかんという気持ちの縛りみたいなものがあったのかな。そういうもんだよということで、しれっとサンドイッチの夕食を続けていれば、ブーイングなんてしなかったんじゃかなろうか@子供。 
もう、すぎてしまったことだから、なんともいえぬ。
わからない。 
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これは昨日。
昨日はスーパーに買い物に行ったので、なんだか気持ちが大きくなっていろいろ目についたものを買ってしまった。

大好きな白いソーセージ。ボイルして1本。
フランスではブータンブランとして売られているけど、ドイツではヴァイスブルストっていう名前で、これまた大好物なんだけど、日本ではとても高くてよう買えない。2本で2ユーロなんて夢のような値段だ。うえーん。日本でも食べたいよう。
アスパラガスの瓶詰めもとっても安い。

結果的にほくほく買ってきて作りすぎてしまった感があり、奥の方に映っているのは人参とポワローネギのスープなんだけど、これは食べきれずに丸ごと冷蔵庫に直行した。
ビールの小瓶を1本だけ飲んだ。

これだけでも、もう夕食には多すぎて食べられないんだなあって思う。 
夕食って、いったい何なんだろう。


今日フランス語の先生と夕食の話をしていて、フランス人は夕食はとっても軽いし、彼女は食べ過ぎたなあと思う日は、スープだけにしてあとは食べずに寝てしまうと話してた。

それでも、日本では夕食が一番のごちそうっていう感じよね、というので
なんというか、夕食はごちそうを作って団らんをするものだという刷り込みもあるのかもしれないと話したら

それは妙ねえ。
だって日本の男性はすごくよく働いて帰ってくるのは遅いじゃない?
多くのサラリーマンは11時ごろに一人で食べたりしない? 
家族団らんって夕食でなかなかできないんじゃないかしら。

といわれて、おやおや、まさにその通りじゃねえとなんだか不思議な気になった。

私の場合はシングルだったから、家族団らんは息子一人に向けられたもので、とにかく息子を食べさせなくては! という思いがあったわけだけど、たしかに夫がいた時は、彼は決して夕食の時間に家に帰っていたりなどしなかった。

ごちそうで団らんって、いったい何なんだ。
団らんってちょっと、幻想じみてないか。

あ、もしかして。
昔ながらの家族(”昔”が何をさすのかというところで大きな落とし穴があるけれど)としては、家族を養うために懸命に働いてくれている大黒柱が帰宅した時に、その労をねぎらい、働いてくれたお金で買える範囲のごちそうを供してもてなすことが、主婦の役目だったということはないのだろうか。
だから、夕食が一番のごちそう、と。

で、家長だけが晩酌ができたり、一皿多かったりする、と。

それがいつのまにか、その家長が夕食の時間に存在しなくなり、子供がその地位をとって変わり、おかあちゃんたちは子供たちを第一の念頭に置いて夕食のごちそうに頭をひねっている。

そういう構図なのじゃろか。 


今日の日記はなんの結びもなく、なんのまとめもなく
ただ、そんなことをいろいろ考えながら毎日夕食を食べています、というお話でした。

夕食は軽くすると、本当にからだが楽になります。
同時に、調理が楽になるので、夜がとっても有効に使えるようになる。

米炊いて、煮炊きして、提供して、残ったものを冷蔵庫にしまい、洗い物をし、遅れて帰ってきた人にまた提供し、、、、、、
なんてことの繰り返しで夜が終わってしまうのは、なんだかもったいないもんだよなあと思ったり。
ほいでも、そこに潜むちっちゃな幸せややりがいというのも確かに存在していて、子供がいない日常では、そこにあった幸せは、ちょっと失ってしまう。

食べるってこと、作るってことは、いろんなことと結びついていて、おもろいです。
さて、明日は週に一度のBioのマルシェが立つので、いろいろ野菜など買ってこようと思ってます。楽しみだ。

PS
最後まで読み返してみたら、タイトルと内容が微妙にあっていないことに気づく。
ごめんなさい>笑

昼ご飯を一番よく食べるよー、ってこっちの人に聞くことも多いんだけど、それはライフスタイルによるわけで、いろいろ違いもある。そのあたりもなんだかおもろいわよねえと思ったりもしたのでした。このあたりはまた改めて。

◆ ラタフィアとグルジェール

ブルゴーニュの名産でもある、ラタフィアという食前酒に、これまたブルゴーニュ名物のチーズ味のシュー生地で作ったグルジェールというパンを合わせて。

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RATAFIAというお酒は、このあたりでシャンパンを作るときに使ったぶどうの残りかすを使って作るブランデーのようなお酒に、お酒にする前の未発酵のぶどうジュースを加えて作った食前酒なのだとか。

ちょいブランデーみたいな風味があるけど、ぶどうジュースで薄めてあるから軽くておいしい。ふむふむ。

そして、シュー生地にチーズを入れて焼いたグルジェールというパンが、これまたとてもよう合うというわけです。上手に考えたねえええ。(感心)。

どの土地でも、その土地でとれるものを使って作られた名物料理というのは、その土地のお酒にとてもよく合うものだなあと思います。塩辛と日本酒がよく合うとか、かつおのたたきと焼酎がよく合うとか、もう、考えだすだけで口元が緩む。。。。というか。笑。

ぱくぱくとラタフィアとグルジェールをいただいている間に、スープができました。

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グリンピースは、フランス語でプチポワといいます。かわいいね、プチポワ。なんかロシアの体操選手の名前みたいだ。

スープのあとには、この季節にたくさん市場に並ぶアーティチョーク。一時間以上じっくり時間をかけて蒸したものを、一枚づつ葉っぱをはがしながらいただきます。

昔、食べ方がわからなくてググったら、外側の固い皮は全部捨てて、内側の柔らかいところだけを、上部を切り落として食べるとあって、そうして食べたけどちっともおいしくなく、楽しくなく。

こちらで食べ方を教わってから、はじめて好きになった野菜。

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外側からはがしながら、根元の柔らかいところを歯でこそげとるように食べていき、内側の柔らかいところに来たら、上のところを手ではずして、かぶりつく。
ここに至るまでのプロセスがなんとも楽しく、会話も弾むし、何より中心にたどり着いたときの達成感といったら。

なんともいえぬ苦みがいいです。
春のものは、みんな苦いんだなあと感心します。

春ってさ、ほろ苦いんだよ。うん。
青春みたいに。


アーティチョークをむはむは食べている間に、メインができました。

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子羊のソテー。ほうれん草は、生クリームで最後仕上げてあります。
たくさんお肉があるように見えるけど、半分は骨なので、今日のごはんは野菜がいっぱいでおいしかったー。
子羊の肉には、ロゼワインが合うのだそうです。
ブルゴーニュのロゼは、きりっと軽くておいしい。そうか、ラムにはロゼか。
最初赤を飲んでいたんだけど、いわれてみれば赤よりロゼが合う気が。。。。(単純)。

おいしかった。
ごちそうさまでした。   

◆ ブルゴーニュでブータンノワールを食べる

フランスに来ています。備忘録をかねて、ごはんの記録。

今日はブルゴーニュ地方の名産でもあるブータンノワールを調理してもらいました。Noir_4
春のこの季節にだけ、屠殺した豚の血から作るのだそうです。

ドイツにも同じようなものがあるけど、これはフランスのブルゴーニュ地方で作られている名産品だって。

ジャガイモのピュレと一緒に提供されることも多いけれど、今日はリンゴをバターで炒めたものと一緒に出してくれましたよ。りんごをバターで炒めるだけなんだけど、ほどよい酸味が味の濃いソーセージとよく合っておいしかった。

こんな一皿になりました。

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豚の血というと、引いてしまう人も多いけれど、大切な豚さんを残さず全部使うすてきな知恵でもあると思います。貧血に効くので、女性にお勧めだって。
フランスでは日曜日はクロワッサンとお菓子の日。
パリなどの観光地ではあまり風景は変わりませんが、田舎の町にくると、日曜日の朝だけはケーキ類の種類が一気に増えます。

ほかのお店はほとんど閉まってしまう日曜日の朝、パン屋さんだけが朝早くから開いて、いつもよりたくさんのケーキをふんだんに並べてお客さんを待っていて、それを求めて家族で日曜日を過ごす人たちが、パンをたくさん買いにきます。

娯楽施設なんてほとんどない町だけど、午後になるとのんびりと川縁を散歩したり、野辺でピクニックをする家族連れがちらほら。
こんな空気感が大好きであります。

今日のデザートはでかいよ。

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ごちそうさまでした。おなかいっぱい。

◆ 毎日同じメニューを食べるということ

大学に行くのに、毎朝お弁当を作って持っていきます。、、、、というと、日本でいつもみんなが作ってるようなもんを思い浮かべるかもしれませんが、持っていってるのはこんなもんです。

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この写真をとった日はちょい豪華でハムチーズサンド(ハンバーガーのバンズに挟んでる)ですが、週の半分ぐらいは6個400円ぐらいで売ってるクロワッサン2個。

あとは、こっちで調達したスープジャーにヨーグルトを入れて、ここに凍らしておいたバナナやパイナップルを放り込み、メープルシロップをだばっと入れたもの。これにシリアルをジップロックに小分けにして持っていき、入れて食べる。あとウーロン茶。

これをこんなバッグに入れて持っていく。

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こっちで8ドルぐらいで買った。もう毎日持ち歩いている。ちょいそこまで買い物行くときはココに財布と免許書だけいれたりして。
こちらで買ったものの中で、一番活躍しているかも>笑

で、お弁当に戻るんだけど、とにかくパンになんか挟んだもんと、飲み物と、フルーツ入りヨーグルトがあれば、本当に昼ごはんは十分だなあって思って過ごしています。
クロワッサンだけの時は、パワーが欲しいと思ったらウェンディズでチリを買う。もしくはチキンフィレというチキンのバーガーショップでフライドポテトを買う。いずれも1ドル70セントぐらい。それですっかり十分。

とても大事なポイントは

「毎日同じものの繰り返し」

ということ。

これがさあ。
本当にすごく調子がよいのよ。

まず作るのが楽。朝、何も考えなくていい。ただ同じものを作るだけだから。
そして買い物も楽。同じ物が欠品したら買い足すだけだから。
献立を考えるために、いわゆる脳みそが家事をしてしまうインナータイムが発生しない。

そしてわれながら意外だったのが、なにより食べるのが楽ということ。
毎回同じものが入ってるわけなので、まず心構えがいらない。夢中で勉強しているわけなので、昼になって「えっと今日は何を作ってきたんだっけ、何が入っているんだっけ」と我に帰ることもなく、「えー、なんかもっと軽いものがよかったなあ」とか「もうちょいボリュームあったらよかったなあ」なんて思うこともない。

蓋を開けたらいつも同じものが入っている。

この安定感といったら。

同じものを同じ量食べるから、食後の体調も精神状態も安定する。

日本にいたときに、毎日違うものを作らなければいけない、と思っていたのは、あれ、何だったんだろうなあ。


もちろん、夕ごはんは毎日ちょろりといろいろ変えて食べているんだけど、昼ごはんはほんと、決まったものの繰り返しで十分なんだなあと思っているこちらでの大学生活でした。




そして、まわりのESLの子たちもすっかりそういう感じなんす。
若い子は、自分で作ってくる子も多く。パンの間にハムとチーズを挟んで、ジップロックに入れただけというようなものをぱくついている。
もちろん、大学生だし一人で来てるわけだから、ママが作ってるわけじゃなくて、「自分で作ってきたよ」と男子もさらっと言いながら食べてます。

一緒にごはんを食べる子のランチの中身をちらりと見てみると、ベーグルにジャムやペースト塗っただけのものが、ジップロックから出てくる。それにコーヒーと果物(りんごが丸ごとぽろりと入っていたりとか)が入っていれば、なんだかそれで事足りてしまう。

以前、日本でお弁当の話になったとき、アメリカの子どものお弁当の状況はひどいよねえ、という話も出たのですが、まあ、クラッカーだけというのはあかんと思いつつ、ESLで各国から集まってきている人たちの食べているものというのは、いろいろおもろい気づきがあるように思います。

そして私自身も、こっちに来てこっちの食材で、こっちの暮らしの中でやってみると、あながち日本のお弁当を絶賛するのも何か違う気がするなあ、と思い始めています。

なんつかこう
日本の家庭のお弁当、

「やりすぎ」感 満載というか。


お弁当って世界に誇る日本の文化だし、世界がお弁当に注目しはじめているし、胸を張りたいと思うのだけれど

でも「文化」としてのお弁当(松花堂弁当みたいなものから始まり、日本のお弁当箱文化みたいなものは確かにすごい! と思う)とは別に、日常として毎日作るお弁当の中身については、ちょい違う視点で考えるようになってきました。

これはなんというか

視覚記憶

というものと大いに関連しているのではないか。


学校へ行く。隣の子の弁当を見る。きっちりきれいに詰まっている。そして、毎日メニューが変わる。
自分のを見る。なんだよこれ。と思う。かあちゃん(もしくはとうちゃん)に進言する。ほかのうちはもっと豪華だよー、うちの弁当茶色いよー。毎日同じじゃんー、と。

運動会に行く。まわりの家庭のお弁当を見る。ああ、はずかしいと思う。もっとちゃんと作らないとねえ、と考える。

書店に行く。雑誌の弁当特集や料理本を見る。こんなにいろいろバリエーションがあるんだから、いろいろメニュー変えて作らないとねえ、と思う。

まあ、文化というのはそういう視覚記憶で作られていくもんなんだとは思うけど、そういう「外から入ってくる視覚の記憶」が、人の行動にいろいろ作用しているってのはあるんじゃないかと思う。

考えてみたら、お弁当というのは「家庭の食卓」という閉じた場所で作られる食事が、外に向けて公開されるという機会なわけで。どうも、お弁当を「子どもたちの健康を考えて」とか「節約のために」作っていると考えてきたわけなんだけど、これはものすごく社会と関わっている場所なんだなあ、とこっちにきて改めて思うわけです。

作った相手の子どもだけではなく、その、なんだかようわからん「社会」に向けて弁当箱の蓋が開かれる、というところに、日本の弁当文化というのがあるような気がしてならない。

アメリカの食文化は壊れているので(笑)、アメリカ人のランチ事情がよいとは絶対思わないし、これを真似すればよいとも思わない。
でも、街中どこにいっても「こんなもんか」という食事にあふれていて(笑)、まわりが持ってくるランチも「こんなもんか」という風景に埋もれてみると、なんだかものすごく肩の力が抜けて、楽に、楽になっていく。

毎日同じでもぜんぜん気にならないし、逆にそのほうが調子がいい。
サンドイッチなんてきれいに切って詰める必要なし。どうせ食べちゃうんだから。
ビニール袋かワックスペーパーに入れて、袋に放り込めばよし。何か?

と。

私自身は食のバランスにはこだわっているし、なにより生来の食いしんぼだからおいしいものしか食べたくない。毎日ハンバーガーなんて生活は絶対いや。
それでも、こっちに来てから「ああ、なんか自分、いろいろやりすぎてたんだなあ」と思うことが、すごく多いのです。

ま、気候がまったく違うので、煮詰めたような惣菜を持ち歩きたくないというのもあるけど、何より細かい場所に豆5個だけ、卵焼き1個、プチトマト1個なんていう詰め方をする気に、もはや全くなれず>笑

やってたときは当たり前のようにやってたけど、あんな面倒なこと、よくやってたなあと遠い目で思ったりしています。

ほんと

弁当って自分や子どものためと思ってきたけど
弁当箱の蓋は社会に向かって開かれていたんだなあ。
しみじみ。

アメリカに来て、タフでなければやっていけないと思うことはたくさんあるけれど
家庭とか、子どもとか、家事とか、なんつか暮らしていくということについての気持ちの面では、なんだか無性に楽だなあと感じています。なんつかもう、いろんなことがアバウトなのよ。うん。

フランスも楽なんだけど、あそこは「個」としてのこだわりがものすごくある場所なので、誰かのこだわりや哲学みたいなものにぶち当たることが多く、それに慣れないとちょい面倒だなあと思うことがある。
でも、その分自分もこだわりを主張できるし、それが自分の存在価値になる面もあり。

それでいくと、日本は常に「社会」とか「集団」にたいして向き合っている場所なんだなあって改めて。「これをやったらどう思われるか」「他の人はどうしてるんだろう」「こんなもん持っていったら恥ずかしくないか」。
実際には誰かが意見したり、おかしいだろと指摘してくるわけでもないのに、「そういうもんじゃないのか」「こうしておかなくちゃあかんのではないのか」みたいなことを考えて、窮屈になっていたなあ、と思うわけです。

で、お門違いかもしれないが
「弁当」というのは、そうして社会や集団と強く結びついている習慣なわけで、そう気づくと、自分がこれまであまり、いわゆる「愛情弁当」みたいな世界が得意ではなかった理由がちょいわかった気もして。(いや、冷めたおかずと作りおきが嫌いというのもあるんだけどね)。

離れてみるといいところも変なところも見えてくる、とこっちに来る前に言われたとき、日本の食や弁当文化みたいなものは、本当にえらい! って思うな、きっと。。。。って思いながら来たんだけど、実際には、すごいなあと思う一方で、やりすぎじゃね? と気づくこともあり。

とりあえず弁当は毎日同じでまったく問題なし、ということだけはわかったこのごろでした。

あのさあ、スープジャーにヨーグルトただぶちこんで、冷凍した果物入れて持って行くとほんとにおいしいよー! 自画自賛。グラノーラやファイバーのシリアルもお忘れなく! 甘みはメープルシロップがおすすめ。

◆ 正しいハンバーガーの作り方

ハンバーガーに挟むパテは、ハンバーグとは違うものである、、、、、という当たり前のことを思い知る昨今。アメリカに来たんだからハンバーガー作ろう!と張り切ってみたものの、「おいしいハンバーガー」とは一体どんなものなのか? というあたりの葛藤が残るこのごろ。

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いや、見た目おいしそうなんだけど。
でもなんか、アメリカンではない。形がでかいだけで、味はこっちのバーガーショップのものと何かが違うのだよ。

その疑問がなんとなく溶けたのが、こちらのバーガー。

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Austinをいろいろ案内してくれたJimさんが作ってくれたハンバーガー。作り方デモンストレーションつき。

それで学んだのは

1,肉には何も入れるな

…ということでありました。
え、なにそれ。スーパーで買ってきた肉をトレーの上でぐるぐる丸めて終わり? えっと味付けは? つなぎは? 

「このままがうまいんだよ」

…そうなのか。

おもむろに丸くした肉オンリーのかたまりをフライパンに入れ、あとはフライ返しでぎゅうぎゅう押しながら焼く。え、そんなにぎゅうぎゅうやっちゃっていいの? なんつかもっとこう、ふんわりと焼いたほうがいいのでわ?

「こうしないとダメなんだよ」

そうなのか。

それでわかったんだけど、私が作ったハンバーガーは、ハンバーグを挟んだものだったわけです。卵とかつなぎとかいっぱい入れてる。
ハンバーガーのパテは、牛肉100%で余計なもんがあまり入ってないのが一番おいしいんだねー。えっと、一番簡単だし。

こちらのバーガーショップでは、さすがに「仔牛肉とラム肉をバランスよく配合」なんて具合に工夫している店も多いけど、基本はただ、ひき肉を丸めてやけ、と。
そうなんだ。それでいいんだ。なーんだ。

もいっこは

2,余計なものはなるべく少なめ

つい豪勢にしようと思って、レタスやらトマトやらをたっぷり入れてしまうのだが@私、かなり最小限系に抑えたほうが、結局はおいしい。ケチャップやマヨネーズも同じ。大量にいれないほうがおいしい。

で、さらなる学びは

3,付け合せはポテチでいいでしょ?

…はい。
そうじゃった。アメリカではポテチは野菜だった。
で、ハンバーガーにポテチというのは、これまたよう合うもんなんじゃなあ。
余計なものないほうが食べるのもラクチンだし、会話もはずむ。
いろんな意味で楽だなあ。

なんというか、日本でごはんを作り続けて染み付いている「〜べき」が自分にはあるんだと思います。ハンバーグはいろいろ入れてよく練って作らなくちゃ、とか。
ハンバーガーだけで夕食なんかしちゃ絶対ダメだから、付け合せにサラダ作って、スープもあったほうがいいんじゃないか、とか。

いや、それが健康維持の秘訣なんだろうけど、毎日繰り返しそんな食事を続けているのでなければ、1週間の総体で何を食べたかということで、健康維持はできるような気がする。

バーガーとポテチで済ませちゃったから、翌日はサラダとスープにしよう、とか。

そういう「〜べき」みたいなものから楽になっていくと、自然と自分に対しても肯定的になったり、肩の力が抜けていくということが、あるような気がします。

ということで、次は上記の法則にのっとってハンバーガーを作ろうと思った先日。

テキサスでは、休日にBBQをするというのが人々の楽しみ。スポーツショップに行くと、大量のBBQセットが列になっています。いや、BBQセットと聞いて日本人が思い浮かべるものとはまったく違うものなんですけどね。こういうやつ。

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なんというか、もう、屋外設置用に作られたガス台、みたいな。

こういうの使って、外でいろんなもの焼いて食べる。で、そういう役目はたいてい男性なわけです。

日曜日にファミリーが集まって、食事をすると聞けば、日本だったら「お母さんが食事の支度をしなくちゃならなくて、大変そう」って思うけど、ファミリーに食事を振る舞うのは、男性という国は結構多いのだと思います。

パパが作るから、見かけはそんなに繊細でなくていいのです。で、ただひき肉を丸めただけのものとか、スーパーで売られているでっかいソーセージや肉の塊を焼いて、それをパンに挟んでむしゃむしゃ食べる。

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パンも、スーパーで売られているのを袋ごとドカンと置いて、スーパーで売られているBBQソースどかんとかけて、好きなもんを好きなだけむしゃむしゃ。

ハンバーガーは、こうしたBBQの時にも登場するメニューで、だからスーパーにはそのまま焼けるパテが常に売られていたりします。パパが焼いて、あとは家族が自分で勝手にいろいろはさんで食べる、と。

こちらで知り合ったアルゼンチンから来た女性が、「私ちは家族の絆をとっても大事にしていて、毎週末は必ず集まってごはんを食べる」というので、「だったら食事の支度をするお母さんは毎週大変ね」と言ったら、「?? 作るのはパパよ。メニューはたいていいつもBBQ」と言っていました。

日本のイクメンさんも、ママが作るのと同じメニューやお弁当を作るんじゃなくて、パパにしか作れない特別な何かで、立ち位置を確立するというのが、いいんじゃないかなあと思ったり。男と女の対等性って、同じことをするってことじゃないんだよなあ、、、、、

なんてことをハンバーガーから思う今日。

とりあえず、お店で食べるハンバーガー事情はこちらのブログに書きました。武蔵野婦人ブログはごはんに特化しているので、その他のことはこちらをたまに見ていただけるとうれしいでーす。

http://izoomi-momo.jugem.jp/
Paris - Texas

◆ テキサスでチマキづくり

こちらに来て、数軒となりに住んでいる台湾の人をお友達が紹介してくれました。台湾から来たの? 私台湾大好き! 何度も行ってて、台湾のごはんが大好きなの、と伝えると、「ちょうどチマキを作るクッキングスクールがあるので、来ない?」といううれしいお誘いが来ました。

彼女が所属しているのは、東日本大震災の時に多額の寄付をしてくれた、アジアで最大の仏教系のNGO、Tzu Chi。 ここの人はみな菜食です。なので、チマキも菜食バージョンのチマキ。

旧暦の5月の端午節にはチマキを食べる習慣があるので、みんなで集まってチマキを作り、その参加費が寄付にもなるというので、喜んで参加してきました。

日本でもチマキって作るけど、やっぱり台湾の本場のチマキの作り方、興味あります!!! しかもそれをテキサスで教わることができるとわ。びゅーてぃほー。

英語では sticky rice dumpling と言うのだとか。

まず材料はこれ。

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笹の葉、タコ糸、もち米(Sweet riceという) マッシュルーム(しいたけのことだった)、豆3種類(black eyed peas,chickpeas,maug beans)、Vegetable textured protein(菜食の人がよく使うやつね。日本だとベジミートっていう名前で売られているかも)。

生徒さんにはアメリカの人も含まれており、興味津々で材料をのぞき込んでいる。

「まず前の晩にしておいて欲しいことがあります。
笹の葉は熱湯に浸したあと、スポンジで汚れをよく落としてから水につけておきます。マッシュルームは水に浸しておきます。豆もそれぞれ水に浸しておきます。ベジミートもぬるまゆに漬けておいてください」

もうこの時点で、前に座っていたアメリカ人のおじさんが「Uuuuh....」と反応。

そんなに手間かかるのー? 前の晩から? という感じ>笑

台湾には「素食(スーシー)」というお寺のお坊さんから始まった菜食があって、これは日本の精進料理のようなもの。にゃんと台湾では人口の10%が菜食主義者なんだって!!!

ちょっと味気なくなりがちな日本の精進料理と違い、素食は揚げ物なども多くて結構満足できるもの多数。私ももう少ししたら、素食もいいかも。。。。。(とりあえず今はやらないけど)。

確かにアメリカに来てから、食事の支度が格段に楽になりました。何が違うのかよくわからないのだけれど、肉を中心とした食材が基本になっていると、調理が楽なのです。スーパーの食材もなるべく手間がかからないように準備されているものを多く。
そう考えると、魚と野菜というのは、やっぱり手間がかかるんだよなあ。いろいろと。

でもって、今回のチマキのような乾物を主体として作るものも、やはり手間がかかるのかもしれません。

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まずはしいたけ、ベジミート、3種類の豆をベジタブルオイルで炒めます。大量に作るので、鍋の大きさも半端ない。

ここにもち米投入。

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かなりの力仕事。

ここに調味料を入れていきます。

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おだしは、肉も魚も使わないので、しいたけや野菜から取ったもの。チキンブイヨンの替りとして使える、と表示あり。へー、こんなの売ってるんだね。

考えてみたら、オイスターソースも使えないということで、こちらもしいたけから作ったオイスターソースの代用品があるのだそうです。あとは、フライドガーリックなども利用。

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おばちゃまたちが、ぜんぶ目分量で放り込んでいく。配られたレシピには、カップ何杯という説明があるんだけど、実施には長年のカンで次々と調味料を手際よく入れていく。たまにとなりのおばちゃまと、「こっちが先じゃないの?」「ちがうわよ、あなた」みたいな小さな戦いが勃発するのが楽しくて。

で、この炒めたお米を、笹の葉で包んでいきます。
今回の教室は、Sticky rice dumpling wrapping school。つまり、これを「包む」教室なので、私たちが実際に参加するのはここから。

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机と机の間に渡した棒に、タコ糸を10本セットにして束ねたものを通し、ここに包んだチマキを巻きつけていき、最後は棒を外して、この束のまま茹でる、という仕組み。

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教えてくれたのは、胸に「老師」と書かれているこの方。手際いい! ぶれがない! さすが。

日本で「たぶんこんな感じ」とやっていたのとは、ちょっと違いました。本場の巻き方はやはりきれい。一生懸命練習したけど、15個ぐらいやっても、やっぱり老師のようにはなりませんでした。

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でも楽しかったのよう。

たぶん、前の日からの準備が面倒でも、たくさん作るのが大変でも、きっとこうしてたくさんの人が集まって、おしゃべりしながら端午の節句の準備をしたんだろうなあ、と思います。一人で作ったら大変だけど、みんなでやったら楽しい。

季節の行事の食べ物って、そうして「集まって作る」ことにもきっと意味があったんだろうなあ。

たくさんの人の手で作られたチマキ。大きなお鍋でぐつぐつ煮られて完成。この日の煮た時間は約1時間!! 結構長いんだなあー。
でも、1時間というのは菜食のチマキだからで、これに肉が入ると、2時間ぐらいは煮続けないとダメなのだとか。
私、チマキは蒸すのだと思ってた。へー!!!

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ベジタリアンのチマキ、とってもこっくりとした味でおいしかったです。へー、こんなのなら、素食もいいなあ。

10個持ち帰ってきました。

ちょうど週末に、別の台湾の人と会う予定だったので、半分は差し上げようと予定の10個を全部持ち帰ったのですが、お渡ししようとしたら、「あら、うちも端午の節句で作ったから、いまうちに40個もあるのよ。それはあなたが食べなさい」。あらら。

ということで、10個のチマキを大事に食べています。残りは冷凍。

手間をかけて作ったものの格別なおいしさ。東京に戻ったらやってみようー。

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◆ テキサスなんだからやっぱりステーキ

からだと気持ちと舌と胃袋がだんだん慣れてきました。

ここまでたどり着くのに2週間ちょっとかかった。観光旅行と違って、いろいろ手続きやオリエンテーションもあり、大量の人たちと関わったりもしたので、やっぱり疲れていたのだと思います。

オースティンの暑さや、広さや、スーパーの物の多さや大きさみたいなものに慣れてきたら、ストンと胃袋も落ち着きました。

いつもの「あのパン」ではなく、スーパーやお店に並ぶパンのどれを食べるのか。味も量も形も違うパンや飲み物や調味料にからだが慣れていかない。レストランの味付けと量に慣れていかない。
そんなからだと気持ちの葛藤が、2週間でやっとこ落ち着きました。

明日の朝はあのパン買ってこよ。
お肉はこの味付けで。サラダはあの野菜で。
お水や日用品は値段が安いこっちの大きなスーパーで。お惣菜はWhole Foodsで。

ほいでもって、生鮮食品については、このお店を発見したので、もうここでFIXとなりました。ああ、よかった。ここ、買い物が楽しいし、広過ぎないので疲れない。
http://sprouts.com/
Sprout ファーマーズマーケット


ちょっと日本の明治屋さんとか三浦屋さんみたいな感じ。

Whole Foodsでも物がありすぎてつかれてしまう私には、ちょうどよいサイズ&オーガニック系多い品揃えで安心感満載。
お店が確定してきて、食材に慣れてきたら、白いご飯が食べたいよう。。。。。生姜焼き食べたい、そうめん食べたい、、、、なんて思っていた気持ちがスカッと消えて、意欲的にこちらの食べ物を楽しもうという気になってきた。

よかったよかった。

ということで、今日は学校が始まる前の最後の日曜日の夜なので、いっちょ奮発してステーキハウスにでも!(だって、まだ一度も食べてない@テキサスでステーキ)。。。。と思ったのですが、こちらも日曜日の夜は人気店には行列ができてかなり待つのであります。

明日に備えて、今日はおうちステーキにしました。
どうだ。

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これで1ポンド。450gぐらいです。
サーロインステーキ、Sproutファーマーズマーケットで買いました。
値段は7ドル弱。

奥様、7ドル弱。
。。。。。

日本でステーキ食べるのがあほくさくなるよ。
でもって、これがまことにおいしかった。
簡単に塩コショウしてステーキパンで焼いたものを
テキサスのバーベキューソース(びんに入ったものが大量に売られている)、わさびソース(売られている)、Texanビーンズ(缶詰で売られている)につけて食べました。
つけあわせはいんげん。
これに簡単なグリーンサラダと、前々日に食べた鶏もも焼き(ただ買ってきただけ)の残りの骨で取っておいたスープを添えただけ。


テキサスバンザイ。

こっちに来てから、家事も料理も本当に、もうほんとのほんとーーーーーーに、楽になりました。
よくアメリカに住んだことのある友人が言っていたのですが、本当でした。
「アメリカにいると日本の半分ぐらいしか家事しなくていいよ」
野菜もこんな風に売られていたりします。

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にんにくとかも、もう全部皮がむかれてポーションになってパックに入ってるし、びっくらしたのは、子供用にりんごが串切りにされて袋入りで売られていたりする。
ま、このあたりについては、「保存料がどうなんですかっ」という気持ちもあるし、ほとんど使ってはいないのですが、「楽である」ということの中にある、いいところと悪いところと、両方が見え隠れして、とてもおもしろい体験をしています。

ものの便利さで楽になるのではなく、どうやら気持ちの問題もかなり大きいなと感じるこのごろ。
このあたりは、また改めて。
さて、お肉も食べたし、明日に備えてお風呂入って寝ます!
明日から勉強頑張るのだ。

◆ テキサスで生姜焼きを作るには

突然生姜焼きが食べたくなりました。しょうゆがあるんだから、あとは生姜を買ってくれば楽勝じゃろう、と思ったら。

生姜焼き用の肉が売ってないよ。テキサス。

売ってるのはこれまた見事な塊肉か、厚さ1センチ以上のステーキ用か、ミンチばかりなり。
薄切りの豚肉はいずこに。

困ったときの友だち頼みで、北米で暮らしている仲間の掲示板で聞いてみると、アメリカで生姜焼き、およびしゃぶしゃぶ、すき焼きなどを作るためのノウハウが集まりました。
そうかー。
ぜんぜん気が付かなかったけど、肉の薄切りで作る料理というのは、国によってあったりなかったりなんだねー。

ということで、アメリカで生姜焼きを作るためのTIPS

1,薄切りの肉は中華、および韓国食材を扱うお店で手に入る。

2,Austinの場合は、1軒だけある日本食品専門店「Asahi」なら薄切り肉を売っている

3,こちらのスーパーで買うときに、「これをハムみたいに薄くスライス(paper thin)してください」と頼んでみると、やってくれるところもある(NGのところもあるのでよく確認)

4,駐在の奥様の中には、COSTCOで肉用のスライサーを買ってきて、自分でスライスして作っている。

という4つの方法が集まりました。
そいえば、NYに駐在していた私の友人は、日本に帰る前に同じようにスライサーを買って、大量の牛肉をpaper thinにスライスしてしゃぶしゃぶパーティしたら、とっても受けた。。。。と言ってたような。

というわけで、しゃぶしゃぶ肉とまでいかなくても、まあ日本では普通に売っている豚肉の薄切り肉というのはどこにも見かけないので、とりあえずWholeFoodsでpaper thinスライスをお願いしてみようか。。。。(ドキドキ)と思って出かけたところ。

売ってたよ。
それなりに薄い豚肉。
たぶん、プルコギに使うぐらいの厚さかも。日本のスーパーでは決してみかけないものだけれど(一枚の長さが半端無くでかい。韓国料理屋ではたまに見るかもー)、生姜焼き用といえなくもない。。。。。。ちょい厚めのスライス豚ばら肉があったので買ってきました。

まだポンドの塩梅がよくわからないので、「6枚おくれ」ということで。

作った生姜焼き。
アメリカで作っても、やっぱり結局はわがや風になってしまう。
生姜焼きって、おうちによっていろいろだよね!
ちょい厚めのロース肉を一枚づつ丁寧に焼くおうちもあれば、ばら肉状のものをががっとまとめて焼くおうちもあり。

うちのはこんな感じになりました。

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いつもより肉がちょい厚めだけど、お肉はとってもおいしかったよー!
たっぷりのキャベツを敷いて、その上にドカンと載せて、キャベツごといただくのが好きなのであります。

お肉には、まずしょうがと、玉ねぎのすりおろしたもの少量をよく揉み込んで
しばらく置いておく。
玉ねぎのスライスも一緒に混ぜてしまいます。
(玉ねぎが一緒になっているのが好きなのだ)。

焼く寸前に、だしつゆ1,しょうゆ1、みりん適量を入れて焼く。
今回はみりんがなかったので、だしつゆとしょうゆのみで。
隠し味にちょろりとメープルシロップをいれました。

こんどはどっかでPaper thinにカットしてね、ってのをトライしてみようと思います。
個人的には肉のスライサーが気になる!!!!

(Costcoに探しに行ってみようかなー>こっちではコストコじゃなくて、カスコって発音するみたいです)

おまけ

こっちでよく作ってるサンドイッチ。

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Whole Foodsのターキーブレストの薄切りハムがうまいなあ。

ハムはすっごい薄いのになあ。
肉は厚いのでありました。

肉って、種類だけの問題かと思ってたら、「切り方」というのも、世界各国で全然違うものなんだなあ、と改めて。テキサスで塊肉ばかり使ってたような人が日本に来たら、薄切りの小分けパックばかりで、なんか心もとなく感じるだろうなあ、と思ったり。

ちょろちょろといろいろ試していきたいです。

◆ 今日のごはんーベトナムフォー

アメリカでのおうちごはんの記録です。

昨日のごはんはこちらの旅ブログに。アメリカ版「食べてはいけない」本のアドバイス通りにカロリー控えめのものを食べ続けていても、太ること必須ということがわかったので>笑
自家製塩鮭など作ってみた。
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今日は、ベトナムフォーで。
ここテキサスはベトナムからの移民がとても多い地域なのだそう。ブッシュ大統領がベトナム戦争のあとに大量のベトナム難民を受け入れたといういわくもあるのだとか。
ということで、Whole Foodsでフォーの乾麺とナンプラーをみつけたので、今夜は軽くフォーでごはんにしました。
とはいっても育ち盛りの18歳もおるので、買い置きしていたひき肉に、昨日ゲットした豆腐をまぜて作ったミートボールのトマト煮もプラス。
たくさん作ったけど結局半分は残ったので、これは明日の昼にミートボールパスタにするかね。
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とても不思議なんだけど、日本の狭い部屋の食卓で、こんな風に作ったミートボールをフライパンのまま出したら、すっごく適当な貧相な感じに見えてしまい、別の大皿に移したりしていたんだけど。
広くてゆとりのあるアメリカンなキッチンにいると、テーブルの真中にこんな風にどかんとフライパンを置くのも、ぜんぜん抵抗ない。
気分の問題なんだろか。不思議だなあ。

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スーパーで香菜が大きな束で安く売っていたので買ってきたものを、山盛り載せて。

息子は嫌いだから食べなかった。
これだけ大量の香菜を一人で食べるにはどれだけかかるんじゃろか。


スープには、スーパーで売っていたベジタブルブロスを使いました。コンソメのキューブより、スープが液体のまま紙パックに入っている「ブロス」と呼ばれるスープが棚いっぱいに。
添加物の面ではキューブとどちらが安心なのかな。
ヨーロッパの小さな街と違って、1日が終わって街にそぞろ歩きに出て、ついでに街角でみつけたレストランやタパスで一杯ひっかけつつ外食もしてくる。。。。というような行動ができない今の場所。
外で食べるには、家をでる時点で行き先を決めて、ハイウェイのルートも決めて、車でかっとばして出かける、という意気込みがいります。
結果、なんとなく家で食べるか、、、ということが増えているここ数日。

ぼちぼち慣れながら作っていきたいと思います。

完全に個人的記録なので、おもろくないと思いますが、ほぼ自分のために書いています。すびばせん>笑

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