カテゴリー「★ 映画のおはなし」の記事

★ 飛行機の中で見た映画のこと

雪のウィーンとパリに行ってきました。
考えてみたら、このブログは最初は映画のこともいっぱい書いていたのです。
映画とごはんの話が、いつのまにかごはんと手仕事の話になっていました>笑

地デジとやらで42インチのテレビが居間にのみ存在するようになったことが、ライフスタイルを激変させました。いままでは、自分の寝室で寝るまでの2時間が、大切な私のDVDタイムだったのです。
居間では落ち着かない。結果、居間でのみつながるケーブルテレビの流し見というスタイルが定着して、DVDを徐々に借りなくなりました。
ったくもう、いい迷惑>地デジ>笑
映画館には足を運んでいますが、あまり小作品を見なくなっちゃったのです。
見に行くのは話題の映画ばかり。それって、あまり書き残したい印象もないんですよね。

今回の飛行機で、そのあたりを実感しました。
ということで、久しぶりにいいなあと思った映画の話。

今回秀逸だったのは、こちらです。
La tete en friche

ジェラルド・ドパルデュー主演。
予告編はこちらでごらんになれます。

http://www.commeaucinema.com/bandes-annonces/la-tete-en-friche,158179

日本での公開はないのかなあ。すっごくいい映画でした。
ああ、いま思い出しても胸がきゅん。

ドパルデューは、「3つしか単語が覚えられない」子として育ちます。
彼の存在は「のろまでおばかで、でぶ」。
母親は彼を「私の人生の大失敗」として扱い、学校でも教師にばかにされ、クラスに嘲笑されて育ちます。彼は、愛を知らずに育って大人になります。

そんな彼は、大人になっても仕事とかがうまくいきません。
でもね
そんな彼は村の人たちに愛されています。
素敵な恋人もいます。
そして、アルツハイマーみたいになって手に負えない、彼を愛さなかった母親の面倒を見ています。

そんな彼が、仕事を解雇された日、公園で老婆に出会います。
この老婆との出会いが、彼を変えていくの。

La tete en friche ってのは、耕やかされていない頭、というような意味。
彼はうすのろまぬけ だったのではなく
ただ識字能力がなかっただけで
老婆が朗読する小説の一節なんかを、とてもいい感性で覚えていくのね。
で、人生で2冊目となる本、カミュの「ペスト」を
老婆の朗読ですべて読み終える(聞き終える)ことになります。

老婆は、彼に辞書をプレゼントします。
辞書の言葉で、言葉の海を旅できる、と。

ただ文字を読めないというだけで、「自分はできそこないだ」と思っていた彼の人生が
少しづつ変わっていく。
もし自分に子どもができても、自分には何も与えるものなんてない。
だって俺は言葉を3つ覚えるのがやっとの男で、何の取り柄もない。。。。という彼に
恋人が
「愛なら与えられるわ」と言います。
彼には愛する能力、愛される能力があって、老婆によって「ことば」と「文学」の
扉が小さく開けられたところに、小さな自信と自尊心が生まれていくんだよね。
そして、物語の終盤。すてきな展開に。

いわゆる「セルフエスティーム」というテーマを
さりげなく、上手に扱った作品でした。
何かが劇的に変わるわけじゃない。
でも、小さな出会いや、小さな一歩が、人生をちいさく照らすことがある。
ほんとに大事なのは、そんな「小さな一歩」と出会うこと。
フランス映画は、この手の描写がとても上手です。

もういっこ見た作品もそんな感じ。

The tree
http://www.thetreefilm.com/

シャルロット・ゲーンズブールが、子どもを4人抱えながら夫を亡くしてしまう若い女性を、いい感じに演じています。

子どもの目線
夫を亡くした若い女性の目線。

1本の木をテーマに、そんな人生が重ね合わされていきます。

でね、最後に、何も変わらない。
シャルロットと男性との出会いがあり、その先は? と気になるんだけど
何かが展開するわけじゃありません。
このあたりが、ハリウッド映画と決定的な一線を画すあたりだと思います。

最後の彼女のひと言
「人生は長いもの。どうなるかなんてわからない」
’たぶん、そんな意味>わかんないから、字幕ないので>笑

つくづく、こんな映画が好きだなあと思います。


さて、同時に見たのは以下の映画でした。

・食べて祈って恋をして
・ナイト&デイ
・ウォール街
・トイ・ストーリー3

いやはや。
「食べて祈って恋をして」は、かなり期待していたのですが、最初の設定のところでもううんざり。
「ウォール街」にいたっては、もう完璧にノーサンキューな世界で。
ナイト&デイ は、トム・クルーズの存在感のみで、かろうじて楽しみました。

唯一、トイ・ストーリー3だけ楽しく鑑賞>笑
年齢が進んで、ますます、私は頑固者になったようです。
この手の興業向けのアメリカの大作映画にアレルギーが出るようになってきました。

でも結局、映画館に足を運ぶのは、この手の映画だったりするわけです。
改めて、またDVD生活を始めなくちゃいけないなあ、と痛感。
小さくてきらりと光る映画。
またちゃんと人生で出会っていかなくちゃ。

とりあえず、La tete en friche はDVDになったら絶対また見たいです。
字幕ついてくれたら、もっとちゃんと見られる気がする。
来ないかな、日本に。

★ 魂がにぶると形式があらわれる

以前こちらで紹介した、チャールズ・ブコウスキー。

http://musashinofujin.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-cd1d.html


ここにあるのは、「町で一番の美女」など彼の作品を下敷きにして、マット・ディモンが小説中の主人公チナスキーを演じた物語。

とはいえ、チナスキー=ブコウスキーであるわけで、酒飲みの不良オヤジであるにもかかわらず、人をひきつけてやまなかったブコウスキーという作家(日本では詩人というより作家としてのほうが知名度高いですね)の一面がよおくみえる映画です。なんといっても、マット・ディモンがさああ、かっこいいんだよねええ。いわゆる、こういう「悪くて肉食」の男ってのは、やっぱり女をひきつけるのだよね。

さて。

そんなブコウスキーのドキュメントがあるっていうのに、私はまだ見ていませんでした。

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ブコウスキーと言う作家が好きでも好きでなくても、知らなくても、これはなかなかいいドキュメンタリーフィルムです。過去のインタビュー映像と、関係者の話がとてもよいバランスで編集されている。ブコウスキーと言う作家に対する、ある種のステレオタイプなイメージが、心地よく裏切られる感じもよいです。愛のこもった小さな意外性があります。

詳細はこちらのページがとっても上手にまとめてあるなあ。

http://www.movienet.co.jp/movie/opus05/bukowski/index.html

上手だなあ。
ま、ブコウスキーってのはある種オヤジのヒーローでもあるわけで、チョイ悪オヤジや団塊の世代にファンってのは多いので、このあたりで少々鼻じらむこともありますが(笑)、こわもてのダメオヤジに見えて、その実とても繊細な人だったからこそ、これだけの人気があるんでしょう。

私はこのドキュメンタリーの中でブコウスキーが晩年に作ったニューイヤーブックにあった詩の1編がたいそう気に入りました。

魂がにぶると、形式があらわれる


たったこれだけです。
小さなマメ本の1Pに1単語。それで上記の一文になるようになっています。それで1冊。

私自身はまったくもって、ぜんぜん違う世界の、ほんとに小さな場所を相手に物を書いて生業を立てている身ですが、やっぱり胸を突かれます。
暮らすために仕事をする。その仕事は書くことである。そして、書くことでこの世界に自分なりの居場所を確立したいと思う。そこで何が起こるかというと、「自分のスタイル」を構築することにやっきになります。

スタイルといえば聞こえがいいですが、それは「形式」という危うい境界線の上にある。
そんな仕事を続けて食っていく中での、この一言は重いです。

ブコウスキーは、50歳まで郵便局の仕事をしていました。これは小説や映画では詳細はわからなかったのだけれど、ドキュメントでよおくわかりました。

彼は酒飲みのダメダメオヤジだったけれど、「書く」ということでは徹底的に貫いていたわけっす。生きるために働く。生きるための金を稼ぐ。それがどんなに「クソったれ」な仕事でも。生きるとは彼にとっては「書く」ということです。つまり書くために働く。まったくあてもなくただ「書く」。書き続ける。そんな人生を長く長く送ってきたわけです。
そうして、なんとしても食いつなぎながらただただ書き、何度も出版社へ原稿を送っても没になり、アンダーグランドの世界でぽつぽつ取り上げられるようになって熱狂的なファンが登場しだしてからも、郵便局の仕事はやめませんでした。

50歳のとき郵便局の仕事をやめたのは、「売れても売れなくても、毎月1000ドルかならずやる」と知人の編集者に言われたからです。1000ドルというのは、ブコウスキーが提示した「それでなんとか食っていける」という額です。

私は、食うためにこの仕事をしています。結婚していたときはどこかで「自己実現」なんてことを考えていました。でも離婚してからは大きくかわりました。これで食っていかなくちゃならない。向き合い方が変わりました。そうなってはじめて見えたものがいっぱいありました。

でもって、なんだかそんな世界でなんとはなく、それなりに食っていけているということは
たまにすごい奇跡的なことだと思ったりもします。すごくありがたいことだと思います。そして食うために働く自分に、私は誇りを持ってます。でも、それは明日をも知れぬ現実です。5年後の自分が同じように食えている確証はどこにもありません。

そんな中で

「書く」 ということの自分にとっての意味とか

稼いで生きていくことの意味とか

そんなことをしょっちゅう考えている。

で、袋小路に迷い込むこともあるわけで。

そんなときの

魂がにぶると、形式があらわれる

おまえの魂は大丈夫か? と問われている気になります。
自分が何をしていきたいのか、どんな仕事をして、どんな人生を送りたいのか。
そんなことをあれこれ考えているけれど
最後はやっぱり、魂の問題なんだと思います。

で、そんな魂の問題を
どうやって稼いで生きて食って子どもを育てていくのかという部分と
どう折り合いをつけるのか。
そんなこととのせめぎあいです。

魂がにぶらないように、生きたいです。
そして食っていきたいです。

私の年齢はおそらく、会社員だったら「定年」を意識始める時期なのだと思うけれど、50から書くことだけで生計を立て始めて78で死んだブコウスキーを見ていると、人生の正念場はまだまだこれからなのだと思います。

明日は49歳の誕生日なんです。

50歳から何ができるのか、ちょっと考えてみたいです。

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余談ですが、ブコウスキーが脚本を手がけたこの映画

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00006II9B/nifty0b5-nif1-22/ref=nosim
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バーフライ。ミッキー・ローク演じる主人公は、ブコウスキーってことになってます。

この映画を彼は大嫌いだったそうです。理由は「ミッキー・ロークのような酔っ払いはいない!」。ブコウスキーを取り巻く人たちも「あれはぜんぜんリアルじゃない」とこきおろしています。

何よりあんなにかっこいい酔っ払いはいない。そして、バーには美人しかいない。あまりに非現実的だわ、と>笑
この「ブコウスキー・オールドパンク」の中での秀逸な場面は、彼自身がこの映画に言及するところです。ミッキー・ロークはリハーサルをせず、本番でしか演技をしないという傍若無人振りを発揮していた模様で、おのずとブコウスキーの描いた世界とは違うものを演じてしまう。

酔っ払った主人公のせりふの言い方が、まったく違うことをブコウスキーは指摘します。ミッキー・ロークはおおげさに腕を広げながらみんなに聞こえるように。ブコウスキーはぼそっと口の中で。

この違いは大きいです。ブコウスキーが多くの労働者たちに支持されたのは、そんな「リアルな現実」が彼の小説に垣間見えるからなのだと思います。

インタビューで「何歳まで生きたいですか」と聞かれたブコウスキーの答えは

「オレにとっては何歳まで生きるかは関係ない。ただあるのは、何歳まで書けるかということだけだ」

でした。薄汚いのにかっこよすぎるところがまた、ブコウスキーのブコウスキーたるゆえんでもありますな。

★ 「ジェリー・フィッシュ」と「そして復讐という名の雨」

いつもはTSUTAYAのDISCASというところで、見た映画のレビューを書いています。とはいえ、最近はちょいさぼりがちですが。
でも、見た映画のことをどんどん忘れてしまうので、防備録のつもりで★の数だけつけていたり。とにかく、せっかく見た映画の記録はどっかに残しておきたいな、と思うわけです。

ところが、近所のTSUTAYAに出向いて借りてきたりした場合、せっかく見た映画がDISCASにないことがあって、こうなるとレビューも記録もつけることができません。がっくしですな。

というわけで、そんな映画を2本立て続けに見てしまったので、こちらの防備録を。(あ、そういえば劇場で見た映画もまったく記録できていないので、それもそのうちこちらに書かなくちゃなあ。ぜんぜん時間がないですね。とほほ)

ジェリーフィッシュ DVD ジェリーフィッシュ

販売元:アット エンタテインメント
発売日:2009/01/09
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イスラエルの映画です。2007年カンヌ国際映画祭でカメラドール(新人監督賞)を受賞した話題作。監督はイスラエルのカップルです。特典映像で、この二人が語っている内容がとても興味深い。
エトガー・ケレット(男)は小説家, シーラ・ゲフェン(女)は脚本家。シーラは映像や場面を描くことに長け、エトガーは物語を紡ぐことに長けているのだといいます。その二人が長所を重ねあってひとつの映画を作ったのだ、と。

これを聞いて納得。非常にあやういバランスで、映像美と物語が結婚(笑)しています。(物語がはじまる舞台も、結婚式場です)。この映画は、エトガーとシーラの結婚に近いコラボレーションで、それがカンヌで賞を取ったというのは、祝福すべきことでしょう。

私はとても好きな映画でした。
テーマは「女性」です。複数の女性たちが登場してきますが、主人公はやはり、結婚式場で働くバティア。孤独な少女時代を抱えています。とても不器用。恋人とも別れてしまい、仕事もクビ。そんな彼女の前に、海辺で浮き輪をつけた水着姿の少女が現われます。
この少女がほんとのほんとにかわいい!!! そして不思議な存在感です。

平行して、結婚式場の写真を生活のために撮りながら、写真の道を探している若い女性カメラマン、そしてそこで結婚式を挙げたばかりの若いカップル、シェイクスピアの舞台にかけるかけだしの女優と、介護を必要とするその母。その介護に雇われるフィリピンから出稼ぎに来ている若い母親。
そんな人たちの小さな日々が交錯していきます。

まなざしがとてもやさしいです。

大きな事件が起こるわけでもないんだけど。でも、みんなどこかに悲しみを抱えて生きてきて、そんな中で小さく癒されていく。そんな映画です。
海の中でバティアが浮き輪の少女に再会する場面が、最高に美しい。
これが現代イスラエルの映画であることに、ちょっと驚きました。
とってもとってもいい映画でした。女性の人に見て欲しいなー。

http://www.jellyfish-movie.com/

サイトもいいです。

もいっこ。

やがて復讐という名の雨 [DVD] DVD やがて復讐という名の雨 [DVD]

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発売日:2009/05/08
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「そして裏切りという名の犬」の監督と、主演のダニエル・オートゥイユが再びコンビを組んだ作品。舞台はフランスのマルセイユ。オートゥイユはやはり警官役です。

「そして裏切りという名の犬」ってのは、原題はフランス語で「なんちゃら通り36番地」みたいなタイトルなんすよね。そこにパリ市警があるってことで。それをこのタイトルにしたってことで、なんだかすっごい期待を持たせてくれた映画。
今回も、原題は(忘れちゃった、なんだっけ>笑)37R みたいな、ただの数字です。これは、銃の型番。それだけの題名を、また再び「やがて復讐という名の雨」と名づけるとわ。

とはいえ、これ、劇場未公開ですので、これはDVD用につけられた邦題ということになります。

実話をベースにしているそうです。舞台はマルセイユなので、マルセイユ市警の腐敗しちゃった現状の中で、主人公のオートュイユが未解決の連続殺人事件の捜査にかかわります。これ、猟奇殺人です。結構こわい。

ところが、オートュイユは飲んだくれで、さまざまな問題ばかりを起こしていきます。この飲んだくれの原因が、家族の死に関わっているようだ。。。。ということが、ほんとに小さな手がかりでフラッシュインしてきます。
さらにここに、25年前に起きた猟奇殺人の被害にあった夫婦が残した娘が、不思議なかかわりを持って登場してきます。この、過去の殺人事件と、現在の殺人事件、そして主人公の家族の死が交錯しながら、悲劇的な結末を迎えていくんですが。

これ、見ていると殺人事件の謎解きのように見えてくるんですが、実際には事件のトリックはシンプルなのです。3つの事件は、結局は何もつながりません(このあたりが、ハリウッド映画とは違うところ)。
現在と過去の事件は何の関係もなくストーリーの中に存在しています。じゃあ、何がこの事件と人々を結びつけているのか、というと、「事件の被害者の家族」って立場なのです。

事件で家族を失ったものの大きな悲しみと傷。そんな場所にいる人たちが、腐敗した警察と、乾いた街と、たばことお酒とセックスといったものを背景に、どよよーんと描かれていきます。こういう、爽快感のない犯罪物、解決をしない犯罪モノが苦手な人は、消化不良になるかもしれませんね。

私は好きでした。

映画館で見たら、なんともいえない暗い気持になって映画館をあとにしたかもしれません。ダニエル・オートュイユは、「メルシィ人生!」でコンドームをかぶったおじさんとしてのイメージが強すぎて、こげにかっこよくフィルム・ノワールを演じていても、つい頭にコンドームをかぶせたくなります>笑。

フランスを代表する名優さんですね。

なんとなくつかみどころのない映画ですが、がっつりと最後までひきつけられました。フランス映画のフィルム・ノワールも、なかなかええもんどすなあ。

★ おくりびと

すみません、やっとこ観ました。

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うん、うん。理解しました。これはよくできた映画ですね。
なんというか、いまさらながらにこの映画についてあれこれ語ることもないような気がします。
まあ、アカデミー賞を取ったという側面には、映画そのものの芸術性やストーリー性というものの他に、かなり多くの部分を「日本の死生観」や「様式美」への興味関心が関わっているという気もしますが、それでも、そうした納棺という文化そのものの他に、本木くんが演じた主人公の存在感が上手に際立っていたと思います。
さらに、彼を取り巻く人々の人物描写が程よいバランスの距離で描かれ、彼の生い立ちの伏線とさらりとからまりあって、いい頃合の感動を最後に残してくれる。私は小山薫堂という人は、少々距離を置いてみていたのですが、これはなかなかの脚本の出来だと思いました。(ラジオで話しているのを聞いても、結構いい感じなんですよね、この人)。
原作の「納棺師日記」の作者は、映画の原作者として名前を連ねることを拒否したそうですね。なるほど、原作が目指すところの「死生観」とはまた別の部分に、この映画は焦点が当たっています。でも、この視点のシフトが、今回のヒットを呼んだような気がします。その意味で、私はうまい脚本だと思いました。

あとはやはり、本木くんの存在感。えらいねえ、この子は。

そして周囲を取り巻く俳優人もとてもよかったです。最後に本木くんが納棺をする場面での死者を演じる役者さん。最初は誰かわからなかったのですが、本木くんにきれいにしてもらったあとの顔を見て、誰かがわかります。時期を考えても、ちょっとしたオドロキです。

ま、大ヒット映画というのは、往々にして「そんなもん?」とがっかりする部分も結構あったりするものなのですが(私としては、ね)、これはすんなり「おもしろかった」と思いました。いやさ、ほんとにめずらしいよ。こうして「文句なくおもろい」と思えるなんて=私が!>笑


ただひとつを除いてはね。

はい、ただひとつ。




これだけ完成度の高い映画で、たった一人のキャスティングミス。とにかく、ほんとにこの1点だけが私としてはとてもとても残念でした。別の人だったら、どれだけ映画のかもし出す味が増加したことでしょう。

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広末涼子ですね。

日本アカデミー賞で、この映画が作品賞はじめ、主演男優賞から助演女優賞まで総なめにした中で、たった一人何ももらえなかった広末涼子の存在がとても奇異に写ったのですが、映画を観て納得しました。これはもらえません。どうやっても。

ほんとに残念。
もうちょっと演技できる人が、この場所に欲しかったです。
同じ表情の笑顔で「てへっ」と肩をすくめて笑えば、周囲の男性はみな喜ぶと思う年齢はとっくに超えているのだよ。「花に水をやる」というだけの演技が、これだけできない人ってのもめずらしい。この映画の中にあって、この違和感はあまりに大きかったです。もともとがアニメキャラみたいな人ですから、こうした等身大の主婦ってのの演技には向いていないのかもしれません。頑張ってよい女優になってね。

ま、何ももらえなくても、ハリウッドでは常に画面の真ん中に陣取り、その後もあちこちでとても売れている広末さんなので、私ごときが残念がってもどうなのよ、って思いますけど。とにかく、その1点だけがとっても残念に感じた映画でした。
ファンの方、ごめんなさい。

★ フランスの詩の遊びとシュールな映画

3月2日から15日まで。
フランスでは、詩週間ってのが毎年開催されているそうです。

えっと、こんなの。

http://www.printempsdespoetes.com/

この期間、学校などではみんな詩を書こう! とか、詩を読もう! って授業が増えて
あとは恋人同士で詩を送りあうとか
そっと書いた詩をドアの隙間にすべりこませておくとか
そんな粋なことをする2週間なのだそうですよ。

さすが、poetの国ですなあ。
日本でも短歌の日とかさ、詩の日とか作ればいいのにねー!

さて。

では、みなさんにとって 詩 というか、詩人 というと誰が思い浮かびますか?

日本で今なら谷川俊太郎さんかしら。
私も大好きだけど。

でもね、今ほど詩が不在の時代もないんじゃないのかなあ、って私は思ってます。
詩人 って存在が見えない時代って
いったいどういう時代なんじゃろうねええ。

私がまだ初々しい頃には、そこらじゅうに転がるように詩が存在してました。
日本の詩人でも大好きな人はいっぱいいたけど
フランス文学を専攻してた私にとっては、詩人といえばやっぱこの人でしょ?

22222 ランボー地獄の季節

そう、あるチュール・ランボーです。
この映画はもう絶版みたいだけど、ランボーが試作をやめてアフリカに渡っちゃったときのわけわかめの時代を描いた映画。テレンス・スタンプがランボー役。

詩人の映画といえば、こんなのもありました。

酔いどれ詩人になるまえに [DVD] DVD 酔いどれ詩人になるまえに [DVD]

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こちらはマット・ディモン。チャールズ・ブコウスキーの自伝の映画化です。ブコウスキーは詩人っていうより作家ですけどね。とにかく、元祖パンクオヤジといってもいい破天荒さ>笑。なんたって、名前がかっこいいもん。ブコウスキーだよ。ブコウスキー。

でも、詩人といえば、こんな風に破滅型で毒をはらんだ存在感が、若いもんの心をつかんで離さなかったわけなのに、最近はこの手の毒をはらむ詩ってあまり見かけないねえ。

たとえばアルチュール・ランボーという詩人の強烈なイメージを残したのがこのCMでした。こんなサントリーのCMがあったことは覚えていらっしゃいますか?(って、生まれてねえよ! って人は今見なさい↓>笑)

なんか、やっぱり、詩人の存在ってこういう妙な毒をはらんだ後味を残すもので、若いころにそういう詩の体験を結構できた私は、かなりしあわせものじゃ、と思ったりもします。

アポリネールとか、ジャン・ジュネとか、ボリス・ヴィアン、ジャン・コクトー。
フランシス・ジャム、エリュアール。
わけのわからんシュールレアリズムの詩なんかにも、わけわからんまま夢中になった10代の頃。楽しかったなあ。

今の子ってあんな楽しいこと、してるのかなあ>笑

さて、そんな私ですが、この2週間はprintemps des poetes だということで、今日、フランス人のフランス語の先生ポリーヌと、こんな遊びをしました。

Le jeu des cadavre exquis
(おいしい死体あそび)

フランスではよく知られた詩作の遊びだそうです。
おいしい死体 という名前に意味はありません。意味のない詩を書く遊び。
一人が主語を書く。それを見ないで相手は形容詞を書く。
主語ー形容詞ー動詞ー副詞ー主語ー形容詞。

この順番にそれぞれ別の言葉を書いてつなげていくと、シュールレアリズムの詩ができるってわけです。ということで、以下が私とポリーヌが作った、シュールなポエットでござる。

いやああ、なかなかいいじゃん。笑。
微妙に韻を踏んでるところが、はからずもすばらしい。あはは。
日本語ではこの手の遊びは文法的に成立しずらいのかもしれないけど、一節づつ書いていくのはありかもしれないですよね。

というわけで、春の詩の週間に作ったシュールなポエットです。

Poet de Musashinofujin

Les oeufs exquis marchent

lentement sur l'escalier linpide.

Les dents seules meurent

tendrement avec les macarons courageux..

Des fraises rondes et gaies voyagent

lentement sur la lune triste.

Des danseuses bizarres sirotent

rapidement avec des clowns tristes charments.

えっと、意味はねえ

==========

甘美な卵たちが、明るく澄み切った階段をゆっくりと歩いてゆき、

孤独な歯と勇敢なマカロンたちは、穏やかに死を迎えた。

そして肉付きよく太った陽気ないちごたちは

悲しみの月の上に旅立ち

奇妙な舞踏家たちが、すてきに悲しい道化師たちと

ちびちびと杯を酌み交わしているのだ。

==========

ってな感じ>笑

シュールでしょ。
この手のシュールって感じの文化を今、まだ楽しんでるって部分で、とっても好感が持てる遊びです。

コクトーの映画とか、また見たくなりました。

33333 恐るべき子どもたち

こんなのも、なつかしさで涙が出るシュールレアリズムの代表作です。ルイス・ブニュエルとサルバトール・ダリ。その名前を聞いただけで、ある種独特の感情が残る私は、やっぱりいまや昔の人なのかもしれません>笑。
かみそりで眼球をほんとに切るんだよね。あれは一度見たら、忘れられない映像です。実際にはヤギの眼球を切ってるそうです。ああ、また見たい!

 /アンダルシアの犬 /アンダルシアの犬
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★ よい子も大好き、美女のジャンプスーツ

ルパン三世を見て大人になりました。
人生のある時期まで、理想の男性はルパン三世か、ジャン・ポール・ベルモンドっつー。
おんなじような感じの人にはまり。

さらに、やっぱり峰不二子が大好きなわけで
わが家にはいまだに、ハーレーにまたがるジャンプスーツの不二子ちゃんのフィギュアをはじめ、「からだにぴったり、黒いジャンプスーツ」系のものが多数存在しています。
(バットマンになるとラバースーツになっちゃいますが。
 んでも、これも好きじゃなああ。いいよねえ、黒いぴったしジャンプスーツってのは。。。。)

Q 11

ああああ。いいねえ。
おんなじ女でもほれぼれするよ。
最近のヲタク系の子どもの顔した巨乳フィギュアは、私は苦手なんだよねー。
こういう、子どもは太刀打ちできないような、大人の女のこの手のもんをさあ。もっと愛でようよ>若いもんは。

さて。

こんな不二子ちゃんのモデルになったのでは? ということで有名なのが、マリアンヌ・フェイスフルのこの映画です。

 あの胸にもう一度/Girl On A Motorcycle - Soundtrack あの胸にもう一度/Girl On A Motorcycle - Soundtrack
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これこれ!!
いやああ、これはほんまにHな映画でした。
若くて巨乳なのにベビーフェイスのマリアンヌ・フェイスフル。

その彼女に、すっぽんぽんの状態で皮のジャンプスーツを着せてハーレーにまたがらせ、
新婚であるにもかかわらず、身も心も奪われてしまった恋人の下に早朝ハーレーをぶっとばさせて会いに行かせ(しかもその恋人はアラン・ドロンなわけで)

到着したなり、ドロンちゃんはマリアンヌの皮のスーツのジッパーを歯でくわえてつつーっと下ろし、そのまま午後の激しい情交へ。
(画面いっぱいに写る黒い皮スーツの画面が、ドロンの歯で開けられているジッパーで黒と肌色のコントラストになり、はじけるように胸の谷間が現れる。。。というよい子が見たら鼻血ものの映像が満載なのでした)。

この映画の中で、マリアンヌがドイツ国境に向けてバイクをぶっ飛ばすシーンでは、地平線が延々と続く草むらを、マリアンヌを固定させて、景色だけを流すという、それこそ、ルパン三世のアニメの最後に流れているシーンとまったく同じ、っていう構図を見ることができます。

実は、この映画が作られたのは、モンキー・パンチが峰不二子のキャラを作ったのより1年後なので、実際はマリアンヌが峰不二子のモデルではあり得ないというのが真実。
とはいえ、アニメ化にあたっては、「この映画を参考にした部分もあるかもしれない」と制作側は口を濁しているということで。。。。。

おそらく、この最後のバイクの疾走シーンなどは多分に「あの胸にもう一度」を模写しているんじゃないかなあ、と私は思いますです。

さて。

そんな美女のジャンプスーツ。

素肌に皮である。。。。という超エロチックな妄想をかきたてるバージョンのほか、からだの線がくっきり出ちゃうジャージ素材っていうパターンもあるわけで。
たとえばこれ。

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よい子の時間帯のアニメにしては、妙に大人のエロチシズム漂っていたキャッツ・アイの三姉妹が活動時に身にまとっていたのは、エアロビの先生が着てそな、こんなジャンプスーツ。泥棒はジャンプスーツ。いったい誰が決めたのかわからんけど、やっぱり美女はジャンプスーツ。

こんな美女のジャンプスーツ姿を存分に拝めるのが、このおバカ美女泥棒のどたばた劇。

 マドモアゼル a GO GO マドモアゼル a GO GO
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ジェーン・バーキンをはじめとするフランスの美女たちが、黒のジャンプスーツ姿でアホな強盗劇を繰り広げるこの映画。バーキンのパートナーでもあった、ゲーンズブールも出演している、マニアな作品。

どうしてもジャンプスーツ姿の写真がみつからないのが残念。
でも、からだの線がぴったり出てしまうジャンプスーツを着せて、その姿で海にもぐらせ、下から俯瞰するアングルで、かえる状態で立ち泳ぎをするジャンプスーツ姿を写し、さらには、そんな姿で碇につながるロープにからまって動けなくさせたあげくジャンプスーツが割けてしまい、素肌もろだしの足で上陸させる。。。。という

なんともわかりやすい映像の作り方が
逆に好感が持てます>あはは。あまりにあほくさい。でも楽しいーーーー。

この手のジャンプスーツが持つエロチックさというか、ステレオタイプな映像の作り方というか、この手のものはわかりやすくて、いいもんだのおお、とおばちゃんは思います。
ま、ジェーン・バーキンはがりがりのやせ子ちゃんだし、時代はツィギーの体型が流行った頃なので、その他の女子もがりがり系。
マリアンヌ・フェイスフルや峰不二子ちゃん系のダイナマイトインパクトはありませんが、休日の午後にぼんやり見るには、あまりにアホ臭くて楽しい映画です。

やっぱりさあ、ジャンプスーツってのは、スタイルがよくって美人で若い子のみの特権で、それ以外の人が着たらきっとただの もじもじクン になってしまうのだよなあ。頭まですっぽりジャンプスーツの、まるごともじもじクン状態なのに、この映画のジェーン・バーキンはコミカルでかわいいです。不思議だ。この境界線はどこからなんじゃろう。

アホクサい雰囲気がとってもよくわかるオープニングシーンがあったので、貼り付けておきますね!

★ フランスのムッシューのナゾ

私、フランス映画好きなんですけど、でもまいど思うんだけど
フランス人的にいい男ってことになってる人って
どこがいいのかよくわかんないんだよねー>笑

たとえば王道でこちら。

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ジェラール・ドパルデュー。
http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=38191

名優です。ものすごくたくさん映画に出てるよねー。
鼻がものすごいです。すっごくいい役をいっぱいしているけど、一度もかっこいいと思えたことはない>笑

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もうひとり、ドパルデューとの共演も多いダニエル・オートイユ
http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=38192
写真は「メルシィ人生」。
ドパルデューとオートゥイユ、この二人のフランスのトップスターが共演しています。
いやあ、変な映画だったなあ>笑

でもこの二人は、こげに最高にかっこいい役どころもやっておって

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なんといってもトップスターなんです。なので、この二人はいい男なんじゃろう。うん。
(一度もそう思ったことないけど>笑)

ま、この二人は別格としても。
映画の役どころとして、モテモテの立ち居地に描かれているのに、それがこの人ですかい? って思いをすることが、フランス映画ではよくあります。

たとえばこの人。

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クロード・ブラッスール。

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この映画の中で、カトリーヌ・ドヌーブエマニュエル・ベアールの二人の美女を翻弄するナイトクラブの店主として登場します。映画を通して展開する愛憎劇のドタバタは、すべてこの人が原因。ってか、エマニュエル・ベアールの相手がこのおっちゃん???

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こちらにも出ています。こっちも、すっごい年下の美しい愛人がいる役。背丈も女性よりちっこいです。この手の組み合わせが、フランス映画には多いです。

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パトリック・シェネ。

愛されるために、ここにいる 愛されるために、ここにいる

http://www.cetera.co.jp/tango/
大好きな映画だけど、ここでも組み合わせは初老の男性と美しい女性。
フランス人って、ほんとこういう組み合わせが好きだよねえ。願望なんすかね。
でも、いくつになっても恋の対象でいられるってのは、あっぱれ、お見事な恋愛感で、私は嫌いではありません。

さて、そんな不可思議な「フランス男」。最近見た映画に続々登場していたのがこの人です。

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これはいい写真だねええ。いまはもう、こんなに髪の毛ないよー。
アルベール・デュポンテルです。

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地上5センチの恋心

こちらには、超売れっ子のハンサム作家として出演。そして、上に紹介している「モンテーニュ通りのカフェ」には、才能あるピアニストとして出演。どちらもいい役です。
年始に封切られたPARISでは、一転して主人公のジュリエット・ビノシュに心を寄せるマルシェの八百屋さんの主人として登場。

うーん。わからん。

さらに、私を悲しい気持にさせたのがこの人でした。

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ジャック・ボナフェ。
http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=42254#4

この人はねえ。この映画でゲイの若い美男子としてとってもいい存在感を出していました。

00  C階段(もう廃盤のようです)

これはいい映画だったー。特にボナフェ演じるゲイの子は、とっても美しくて愛おしかった。
なのに

↑上の写真ですよ。奥さん。くぅうううう。

最近は「譜めくりの女」なんかにも出演しています。見る影もなく、おつむは。。。。。。

でもね。日本では、髪の毛が薄いとか、背が低いことがとても大きなコンプレックスになっているけれど、フランス映画を見ると、それは男性の魅力を損なうものではないのだ、といわれているような気になります。

こっちが勝手に、あらあら、髪の毛が。。。とか
こんなおっちゃんが。。。。なんて思っていても
画面の向こうではそんなおっちゃんたちが、生き生きと恋愛して
若くて美しい女性や、さらには人生を積み重ねて風格を得たマダムと
恋に落ちて、恋のかけひきをして、悩んで、喜んで
そんな姿を演じています。

ハリウッドみたいに、颯爽とかっこいい男とか

真っ白な歯で、ひらりと車に乗っちゃうような人はぜんぜん出てこないんだけど

男も女も、そういう加齢の部分を必死に隠したりしないで、「だから何?」って年齢を重ねている感じが、いいなあって思います。
しわも、白髪も、薄毛も、中年太りも、何一つ私の魅力を損なうものではない!
って胸を張ってる気がして(ま、本人は気にしてるのかもしれないけど、
ヒステリックにアンチエイジングしたり隠したりする雰囲気がないってことで)
私もそんな風に年を重ねたいなあ、なんて思います。

かっこいいなあと思うムッシューはとっても少ないんだけど
でもそんなフランス映画が私は大好きです。

★ 「かもめ食堂」と「めがね」のごはん

もう前の映画ですが「かもめ食堂」ってのがありました。それに引き続き「めがね」というのもそこそこヒットしました。
この2つの映画のフードコーディネイトをした方の新刊を書店でみつけました。この映画はでてくるごはんがすっごくおいしそう!! ということで話題にもなったのでした。

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この方はあちこちでとっても人気があって、ほぼ日刊イトイ新聞でも連載してたりして、とっても支持が多いです。大絶賛されてます。

さて。
でも私、かもめ食堂を見たときに一番大きく残った印象が「ごはんが残念だったなあ。なんでもっとおいしそうに撮らなかったんだろう」ってことでした。ありゃりゃ。ごめんなちゃい、ファンの方。これがかもめ食堂のごはんです。

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「めがね」に至って、違和感はさらに高まりました。キッチンの場の雰囲気に使ってる道具にいたるまで、あまりにも「撮影のために作られた」感が強すぎて、私のくいしんぼ魂には訴えてくるものがなかった。いかにもスタイリストさんの仕事という感じで。
出てくるものすべて、ちっとも食べたくない。なんでだろう。こんなに支持されている人のごはん、私はなぜ食指が動かないの?

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↑これが「かもめとめがねの定食」です。最初に紹介した朝ごはんの新刊も、こういう感じ。リンクとしてイッタラのサイトなんかに飛びます。雑誌でいえば、天然生活とかソトコトとか、リンカランとか。そのあたりが好んで取り上げそうだよね。うん、確かにこういうスタイリングはありだよね、って思うんだけど、なんか食べたくない>笑

それでね、思ったのよ。

このセッティング。

酒飲みは絶対こういう皿の使い方しないのよねえ、って。笑。

結局私は、居酒屋メニューが好きで、料理の作り方から盛り付け、皿の選び方にいたるまで、居酒屋方式がインプットされちゃってるんだわねえ、と思いましたです、あはは。
この方、お酒はお好きなのかしら。タバコは吸うかしら(絶対あり得なさそうだが。。。)。ちょっとそんなことが気になります。

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それでいくと、このTVドラマに続々登場するごはんは、どれもどれも、食べたい食べたい、ああ、なんておいしそうなんだと思いながら見たのでした。
「かもめ食堂」に通じるような、日本のなつかしいごはんがシンプルに並ぶだけなのに、何が違うんだろうと思うと、やっぱり食器のセレクトと、もいっこでっかいのが「酒」の存在なのですな。

ここの食卓には、色濃く「酒」が存在しているのですよ。
依存しがちな嗜好品としての酒じゃなくって、おいしくごはんを食べるために欠かせないお酒という立ち居地で。

「めがね」でもビーチでビールを飲む場面は出てきますが、そういう存在じゃなくって、いかにも呑み助食いしんぼのテンションで浅丘ルリ子演じる教授が食卓に酒瓶を登場させます。「かもめ食堂」にごはんとセットになった酒は出てきたか? 記憶にないなあ。

結局、酒飲みには酒飲みの食卓というものがあり、これはもういかんともしがたい趣向なのだと思います。なので、好きな料理家というのも、お酒が好きな人に自然と惹かれていく。

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すっごく簡単な鍋ひとつだけの料理ほとんどに、さりげなく添えられている「紹興酒があったらサイコー!」とか「ビールにも焼酎にも合う」という一言。ここまで家庭料理に酒の存在を際立たせている人、ほかにあまり知らないー。で、そんな風景を想像して、さらに「ああ、うまそうだなあ、作ってみよう」なんて思う>笑 小林カツ代さん、大好き。(ほんと、おからだの快復を願うばかり)。

かもめ食堂ワールドは今もファンがすっごく多いので、PascoのパンのCMもかもめバージョンで作られていますね。(私はあのサンドイッチも、ちいとも食べたいと思わないんだけどね。山の中で焚き火でベーコンいためたりしてるのも、まったく食指が動かない。不思議だ)。食いしんぼのひっかかりどころって、自分でもよくわからないや。とっても不思議。

とにかく、私はおいしくごはんを食べるために、お酒はとっても大切な存在。
おいしく食べたくて飲むのだから、飲みすぎもしないし、依存もしないの。ほんと、お酒って食卓においてとっても重要なことなんだよね、私にとっては。
(なので、モロッコはとっても辛かった。お酒がなくて。でもって、中欧とかラテンの国はほんとに居心地がいいのであった)。

だからどうしても、お酒が楽しく存在しそうな余地を残した食卓に惹かれちゃうのかもしれませんです。はい。

★ アメリカンパイはお好き?ー「ウエイトレス おいしい人生の作り方」

私が生まれ育った昭和の時代は、ケーキといえばショートケーキぐらいしかなく、今みたいに洗練されたスィーツ文化は日本にはありませんでした。
そんな私たちの世代に、はじめて大きな衝撃をもたらしたのが、「アンナ・ミラーズ」というアメリカンパイのお店でした。あのおっきくて、生クリームたっぷりで、さくさくパイの上にチェリーやバナナがどかどかと乗ったケーキは、ティーンエイジャーだった私たちの夢の世界でした。こんなうまいものが、世の中にあるのか! と思ったものだよ。

時は過ぎ行き、2009年の今。
世界でいちばんお菓子がおいしい街はどこ?
そう聞かれたら、たぶん迷いなく私、こう答えます。

東京!

東京のスィーツのグレードは限りなく高くなりました。世界を旅していて、心底思います。東京は世界で一番いろいろなお菓子がある場所だなあ、って。
そりゃもちろん、パリやベルギーやミラノや、その他世界各国にもおいしいお菓子はいっぱいあります。でもね、そのほとんどは今や東京で手に入る。どうしても手に入らないものもありますが、似たようなものは探せば必ずみつかっちゃう。東京ってそういう都市になっちゃったんだよね。すごいなあ。

そんな東京で過ごしてきた私は、アンナミラーズのパイはごちそうではなくなりました。コーンスターチで固めたようなカスタードクリーム。昔はあんなにおいしいと思ったのに、今では限りなく大味にうつります。見た目も大雑把。仕方ないよね、もっともっとおいしいものを、いっぱい食べちゃったのだもの。

でもね、やっぱり今でもアンナ・ミラーズのアメリカンパイを見ると、その風景に心はちょっと躍ります。今ほどたくさんのものに囲まれていなかった時代、アメリカンパイには未知の夢がいっぱいつまっていました。甘くてぎっしり中身の詰まったおっきなパイの向こう側の、新しいまだ見ぬ異国。

そんなアメリカン・パイがこれでもか、これでもかと出てくるのがこの映画。

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ウェイトレス「おいしい人生のつくりかた

小さな田舎町でウエイトレスをする主人公が、DVの夫に支配されながら望まぬ妊娠をし、紆余曲折を経ながら幸せをつかんでいく話です。かなりしんどいDV場面も出てきますが、全編通して彼女の作る絶品パイが次々と登場して、最後にはハッピーエンドとなるアメリカンドリームシネマ。

彼女の作るパイは、毎日彼女の日常におこる出来事の名前がついています。たとえば
I Don't Want Earl's Baby pie(私はアールの赤ちゃんは欲しくないパイ)
Pregnant Miserable Self-Pitying Loser pie(妊娠して惨めな自己憐憫の負け犬パイ)
Earl Murders Me Because I'm Having an Affair pie(アールが浮気した私を殺すパイ)
なんて風にね。

彼女はとにかくパイの名人で、ファンがいっぱいなのですよ。で、このあまりにおいしくて幸せなパイを介して、彼女が自立に一歩近づいていくために大きな力となる恋が始まるわけです。この彼女がパイを作る場面が、この映画にはたくさん出てきます。ほう。そんなにおいしいパイなのか。へー、どうやって作るんだろう? 食いしん坊ならおのずと気になるところ。

が、しかしねえ。この作り方がすごいんですよ。
「繊細」という言葉の対岸にあるようなケーキの制作過程。「妊娠して惨め」。。。。。なんていう気持をぶつけながら、大きなボオルでぐちゃぐちゃにチョコレートを混ぜる。パイ生地にどかどか流し込んだら、そこに剥いたバナナを丸ごと投げ入れる。で、パイ型の中で突然ぐっちゃぐちゃにつぶしだす。。。。。
どかん、べちゃ、バン! 
すっごくおいしそうなパイがいっぱい! というレビューも多くみかけるのですが、私はこの作り方を見て、もうダメダメ。お菓子を作るときの丁寧な仕事の風景が皆無。これ見ちゃったら、できたパイもちいとも食べたくない。
ああ、もうこれは食いしん坊の定め。食べ物を見る目は限りなく厳しいのです。ごめんね。

ちょうど昨年、LAで「ファーマーズマーケット」という屋外レストランに行ったとき、この映画で見たのと同じようなパイがたくさん並んでいるのをみつけました。おお! 思わず頼んで食べました。でっかいでっかい、チェリーパイ(後半でチェリーパイを選んだ所以についてお話します)。やっぱり、見れば心が躍ります。
しかし。あああ。なんて大味。
そしてやっぱり、半分食べたら甘すぎてもう。。。。。。

あはははは。

この映画も、そんなおっきなアメリカンパイみたいな映画でした。作り方もおおざっぱでシンプルこの上ない。最後にはちょっと多すぎて食傷って気持にもなるけど、でもパイを食べた満足感は残って、なんだか幸せ。(ま、自立っていったって、最後には誰か強者の援助を得るという昔ながらのシンデレラパターンなわけで、そのあたりに不満が残る人もいるとは思います。そういう意味でも、やっぱりこれはとってもアメリカンな映画なのです)。

そんなアメリカンパイみたいな、この「ウェイトレス」というこの映画を作った監督は、エイドリアン・シェリーというかわいらしい女優さんで、以前ここでも触れた「デブラ・ウィンガーを探して」という映画の中に34人の女優のうちの一人として出演もしています。この映画にも主人公の同僚で、オタクな男性と結婚する役を演じています。この一番右の子ね。

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彼女は「ウエイトレス」を監督したあと、亡くなりました。
最初は自殺と思われていたのだけれど、実は他殺だったという悲劇。彼女が階下の工事の騒音の苦情を言ったことで、階下の住人が仕返しで彼女を殺したのち、シャワールームで彼女が首吊りをしたように見せかけていたというショッキングな事件でした。
彼女には、3歳の子どもがいたんですよ。もう、これが何より悲しい。

映画の主人公だったジェンナ(写真真ん中)は、子どもという存在に大きな力を得て、アメリカンドリームをかなえます。自立できなかったジェンナを強くしたのは、望まない妊娠ののちに得た小さな命でした。そんな女性の強さ、しなやかさをエイドリアン・シェリーは脚本と監督という立場で描きたかったんだと思います。彼女はこの脚本を、初めての子の妊娠中に書いたのです。
その彼女が、映画の完成直後に3歳の子を残して逝く。しかも、こんな形で。
どれだけか心残りだったでしょう。

そんな思いで見てみると、大雑把なパイの作り方も、またよしという気分になります。単なる一作品だったら大きく心に残る映画でもなかったのだけれど、「遺作」という部分で、大きな意味ができてしまった映画。ほんと、人生って皮肉だなあ。

もいっこおまけ。
でっかくて甘くて大雑把なアメリカンパイといえば、この作品のこの人でしょ?

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「ツイン・ピークス」のカイル・マクラクラン演じるFBIのクーパー捜査官が、行く先々で口にしているドーナツとコーヒー、そして巨大なチェリーパイ。

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いやあ、黒いスーツ姿でこれほどおいしそうにパイをほうばる人を私はこれまで見たことがありませんよ。笑。
だからこそ、去年LAでたくさんのパイが並ぶのを前にして、迷わず頼んだのがチェリーパイだったのです! 見たらもう、クーパーのあの幸せそうな顔が思い浮かんで、わくわくしちゃうもの。
でもって、食べて愕然。こんなもんを、おかわりして食べていたのか、クーパー捜査官っ。あたしゃ、半分でもう半年ぐらい見るのも嫌だ>笑。

これ、2007年にDVDボックスが発売されたときには、記念としてアンナ・ミラーズ゙では「チェリーパイ」を注文した人にツイン・ピークスグッズプレゼントなんていう小粋な企画もあったようですね。ドーナツ・プラントでもやってたんだよね。うふふ、楽しい!

見た目はわくわく、夢がいっぱい。食べたら甘くてたくさん食べられない。アメリカンパイには、アメリカって国がそのまま詰まっている気がします。
とにかく、エイドリアン・シェリーのご冥福を心からお祈りします。

★ 手前味噌な映画のお話2本 リーボヴィッツレンズの向こうの人生&不実の愛、かくも燃え

「手前味噌」って言葉があります。

誰もが自分んちでお味噌を作ると、ほんとにうまい! って自慢したくなっちゃうもんで。そうやって、自分のことを自慢しちゃうことが手前味噌。(私もうちのお味噌はほんとにおいしいなあって思うもん!>笑)。ま、身内に配るぐらいならいいんだけどさ。これを社会に向けてやっちゃうと、たまに手痛いしっぺ返しをくらうことになります。

自分のこととなると、冷静な判断ってのはなかなかできなるものなんですよね。

映画でも、たまーにこんな「手前味噌」な作品に行き当たることがあります。
っていうか、最初は何もわからずに見終わって、なんだよ、なんかおかしくねえかこりゃ? って違和感をたどっていくと、制作に本人とか身内が関わってるってやつですな。
手前味噌になってしまったことが、ほんとのほんとに残念。

こんなにいい素材なのに。。。。って思った最近の映画はこれでした。

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アニー・リーボヴィッツっていうのは、アメリカでもっとも商業的に成功したといわれている女性カメラマンです。彼女を知らない人でも、彼女の写真は必ずどこかで眼にしているはず。
たとえば、ハダカのジョン・レノンがベッドの上でヨーコに抱きついているこのDVDジャケットになっている写真。ジョンはこの写真を撮影した直後に、ダコダのアパートの前で凶弾に倒れました。(で、リーボヴィッツが一気に有名になってしまった、というのも皮肉な話なんだけど、そんなあたりも含めて、彼女の強運さなんだと思います)。

そんな「まだ生きてバリバリ現役」の彼女が、ドキュメンタリーフィルムになっちゃった。

出てくる被写体はセレブばかり。もう、見たくて見たくて、ずっと待ってた作品。でもって、見て感動しちゃったわけなんです。
彼女が一流な場所にステップアップしていったときに、そこには彼女の作品を選択しつつ的確な批判をする師匠ともえいる存在がかならずいたこと。新しい境地を切り開くためにし続けた努力、徹底的にこだわりぬく意思の力、相手に懐にするりと入り込んでいく独特のキャラクター。
こうして仕事の地位を確固に築いていく人には、才能と努力だけではなく、人間関係の強運と、その関係をうまく自分のものとして与えられた運を切り開いていく人間力が備わっているんだなあ、と痛感。
多少なりともクリエイティブな仕事を持つ女性なら、刺激を受ける場面がいっぱいな映画だと思います。

そしてなにより、かっこいいんですよね、この人。
美人でもおしゃれでもないけど、仕事をしているこの人は、むちゃくちゃかっこいい。

こんな有名でかっこいいおねえちゃんがいたら、映画にしたいって思っても仕方ありましぇん。
で、この「妹がその立場を有効に使って、かっこいいおねえちゃんの映画を撮った」ところに、この映画が「もったいない」作品になっちゃったゆえんがあるのだと思います。
被写体を客観的に多方面から検証する作業がまったくできていません。
そりゃそうです。誰だって、商業ベースで多大な力を持ってるリーボヴィッツの身内がやってきて「おねえちゃんについて一言」って言われて、批判的なこと、スキャンダラスなことを言うわけないもの。
さらには、作り手は大好きなおねえちゃんとその家族を守るために、肝心な情報を一切排するという「心くばり」もこの映画に盛り込んでしまいました。

利害関係と情がからんだところで、このフィルムはセレブを巻き込んだ壮大なファミリーフィルムになっちゃったように思います。
お料理だって、お塩がちょっと入ることで甘みがぐっと増すもんなんです。
手前味噌でも十分楽しめたけど、できればほかの人が仕込んだら、とてつもなく魅力的になった素材なのに、って思います。
残念だなあ。もっともっと、リーボヴィッツのことが知りたいです。

仕事だけでなく、長年の恋人だったスーザン・ソンタグの存在や、50歳をすぎてからの出産など、同じ女性として、こんな魅力的な(そしてナゾに満ちた>笑)生き方をしている人はなかなかいないなあ、と思う。
その意味では、とってもおもしろかった映画。

さて、もいっこ。手前味噌もいいかげんにしろよ! と腹が立ったのち、まいっか。。。。と温かい目で見守ってしまった映画がこちら。

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■ 不実の愛、かくも燃え

巨匠ベルイマンの不倫を扱った作品。
日本語タイトルは、なんだかロマンティックな恋愛物語調になってますが、中身は延々と続く中年男女の不倫劇です。
どちらにしてもこういう不倫はいかんです。あまりにも大人が勝手すぎる。
勝手にヒロイズムに浸って、特別愛してもいない人間とスリルに満ちた不倫関係に陥って楽しんだあげく、周囲の人を傷つけまくるというのは、一番最悪なこどもっぽい恋愛劇の顛末です。

ところがですよ。

これだけ子どもっぽくてあほ臭い恋愛劇は、始終ロマンティックで、自己陶酔的な甘美なトーンに包まれながら進行していくんす。不倫を描いたにしては恋愛劇の中が幼稚すぎるのに、そこを嘲笑したり冷徹に見据える視点はなく、勝手すぎる登場人物たちの言動はあくまで正当化されています。
あまりに幼稚。

なんでだよー! ベルイマン、どうしちゃったんだよ!
…と思ったところで理由はあっけなく解明。

これはベルイマンが実際に起こした不倫劇を題材にして脚本を書き、さらにさらに、その不倫劇の相手であった愛人リブ・ウルマンがメガホンを握った作品なんす。
ったくもう奥様。
これだけアホらしい不倫劇で周囲をひっかきまわした当の本人たちは、おめでたくもこんなヒロイズムの中に浸っていたようですわよ。どうしましょ。

誰でも自分のことはよく見えなくなります。わからないからこそ、第三者の客観的な目が入っていくことで、本当の姿が見えてくる。せっかくのそんな貴重な機会なのに、周囲を身内で固めてしまうことで見えなくなっていくことはあるように思います。
リーボヴィッツの映画は、もったいないなあ、もっと別の視点で見たい! と思いましたが、ベルイマンのこの映画は、もう煮ても焼いても食えないので、勝手にやってておくれ、という感じ。

とはいえ、こんな幼稚なレベルで右往左往していたからこそ、ベルイマンは結婚や恋愛劇を懲りずに繰り返しながら、89歳まで創作エネルギーを持ち続けることができた、というのも、また真実なのかもしれません。
そんな巨匠ベルイマンについて知るには、格好の1本です。

人間、どっかで未熟なままで達観なぞしないでいるほうが、長生きできるのかもしれまへんなあ。

ということで、おいしい手前味噌と、煮ても焼いても食えない手前味噌、2本の映画のお話でした。

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