カテゴリー「□ 日々の徒然」の記事

□ 自宅を撮すということ

思うところあり、しばらく自宅での撮影取材をお断りすることにしました。

思えば、WMまっただ中の時は家の写真は全部お断りしていたのです。
写真って実物よりきれいにみえるし、撮すとなれば片付ける。忙しくても整っているように見えたら、逆に読んでくださる方の元気や自信を奪ってしまう気がして。

だって、自分がそうだったから。
「できない」時期に、「できている」映像を見て、自分のダメさに嫌気がさす、みたいな体験をたくさんしてきたように思うんです。
だから「現実は違うよね、もっとこう、ひっちゃかめっちゃかで。それでも元気でやっていけりゃ、いいよね」って思いで、グラビアになるような自宅写真の撮影はしないでくださいってお願いしていたのでした。
その後、離婚して、シングルでやっていこうと決めたとき、あれこれ理屈をつけて仕事を断るのをやめ、いただける仕事は感謝して全部やらせてもらおうと決意して、家での撮影も取材も積極的に受けました。
おかげで、息子も今年は20歳。そこまで、頑張って子どもを育てられたので、また原点に戻りたいなと思うようになりました。ほんと、わが家にお越しいただき、いろいろ撮影をしてくださって、たくさん有意義な体験をさせてくださった皆様、ありがとうございます。感謝です。

今年から、書くことだけでなく、いろいろな創作活動をしていきたいと思い、仕事部屋に大きな作業台を入れて、アトリエ風に模様替えしました。
こうなってくると、常に整頓することもできず、撮影のために掃除をしたり整えるために多大な労力がかかるようになると思い、自宅での取材はしばしお休みさせていただくことにします。

ってなことで、そんな気持ちの一区切りをつけようとしていた時、依頼を受けた自宅の撮影。これまで「家事」のノウハウや、片付けアイデア系のTIPS撮影をしたいというお話が多かった中、純粋に「インテリア」を撮りたいというお話だったので、受けることにしました。
たぶん、これが最後のわが家の撮影かも。。。。。。なんて思って、届いた掲載誌をしみじみ見ています。会報誌なので書店には売っていないので、ちらりと抜粋で公開。
表紙には愛犬ちょこちゃんがちょこんといて、うれしいよう。
手仕事の道具も、きれいに撮っていただきとてもうれしい。いい記念になりました。

さて、心機一転。
今年からまたいろいろ、新しいことに挑戦したいです。
今年もどうぞよろしくお願い致します。

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□ 台所の音

幸田文さんの「台所帖」(平凡社)に収録されている「台所の音」というエッセイがあります。

ある日、文の父親である幸田露伴が、「京都の女性がやさしいと言われるのはなぜだと思うか」と尋ねます。見栄えや話し方など、表面的なことだけではだめだ、「台所の音に気をつけてみるんだ」と彼は言うのです。
鍋釜の扱い、皿の重ね方、身のこなしから滲みでるものこそが、「やさしさ」を作り、それは一朝一夕、一代で身につくものではなく、脈々と受け継がれてこそ生まれるものだ、と文に諭す露伴。
私はこのくだりが大好きです。

その人となりは、身のこなしに現れる。
身のこなしはその人の生きざまみたいなものにより、長い時間をかけて作られる。
その受け継がれた身のこなしのようなものが、一番顕著に現れるのが、台所なんじゃないか、と思うわけです。
よそ行きの場所では繕えることも、台所の中では素が出てくる。
調理で追い立てられていれば、素材や鍋釜、皿の扱いが雑になっていくる。
そんな中で、やさしさや心遣いが消えない人に、わたしはなりたい。

ぢっと手を見る。


この「台所の音」を久しぶりに読んだ翌日。
台所の身のこなしが見事な人に、出会いました。

それは西荻のとある居酒屋。

前から気になっていたという友人と、勇気を出してのれんをくぐってみたのが数週間前。カウンターだけの小さな店でしたが、酒も肴もうまく、何よりその空間にただよう「気」のようなものが、極上に居心地がよく。

ああ、ここにはまた来たいねえ、いい店をみつけたねええと、うれしく帰宅。

その時の主は男性だったのですが、情報によると女性がカウンターの立つ日もあり、どうやら二人交代でやっているようだ、という。
ご主人の醸し出す雰囲気もよかったけど、女将さんの日にも行ってみたいと、改めてのれんをくぐった昨日。

そこにいたのは、飾り気のない、木綿手ぬぐいのような人。
白いかっぽう着が似合ってる。でも、とりたてて華があるとか、きっぷがいいとか、色っぽいとか、インパクトのある印象があるわけではない。何よりも、居酒屋のカウンターの中にいるようなタイプの女性では、まったくないわけです。

存在感マックスだったご主人とは、かなり違う印象に最初は戸惑ったわけですが。
やがて、彼女の身のこなしひとつひとつから、私は目が離せなくなりました。

生ビールください、


頼んだとたんに、彼女の手はグラスを持っています。

私は日本酒がいいかなー、と話している間に、そのグラスにはすでにビールがなみなみと注がれている。

グラスをそっとカウンターに置きながら、反対の手は冷蔵庫に何種類もある日本酒の棚から注文の銘柄をつかみ、その間に片口がカウンターに置かれ、私が日本酒をちょこに注いでいる間に、赤かぶの漬物に橙の皮をすりおろして散らした向付けが、そっと二人の前に置かれていました。

その間、ほかの客からの注文を受け、レンジに豆腐を入れ、ガス台にはフライパンを置いて、どこからどう出てきたのかわからぬぎんなん炒りに、ぎんなんを詰めている。

これらすべての動作が、まるで小川が流れているようにゆるやかに、音を立てずに行われていて、慌ただしさの一切れもない空気感を作り出しているのであります。

私達が席についてから小一時間で、カウンターは満杯になりました。

馴染みのお客さんもいるらしく、久しぶりーとか、猫元気ー? とか、いろいろ会話をしているんだけど、動きはずっと小川のごとく。

忙しくても音を立てず、せわしない風情をまったく見せず、ものすごく効率よく両手を動かし、でも動いていることのアピールはゼロで、客はすっかり安心しきって飲み食いをしている。

ああ、これが「台所の音」なのだ、と思う。

一朝一夕で身につくものではなく、時間をかけて培われたもの。


その人の、人となりに深く結びついているもの。

すごく、いいものを見せてもらった、と思った夜でした。

彼女は客の会話の、差し障りのない場所にするりと入り、するりと抜けていく。
テーブルに足りないものを探していると、さらりと置かれ、無理強いはしない。


3杯目の片口を空けたころ、それまで友人が飲んでいたチェイサーの水のグラスが、お湯に変わりました。
「今日は寒いし、水ばかりだとお腹が冷えると思って、レモン湯にしてみた」と。

レモン湯は暖かくて、冷酒とチェイサーのあとの冷えたお腹を温め、お会計を済ませて外に出たあとも、私達はぽかぽかでした。


こんな人に、私はなりたい。


ぢっと手を見る。



以前、お気に入りだったお店に再訪した時、私達の注文を間違えた店員さんを、厨房の中で怒鳴り倒している店主の声が聞こえて、この店には二度と来たくないと思いました。
数カ月後に再訪した時、お店の空気感も、肴の味も質も激しく劣化していて、呆然としたことがあった。ああ、なんというか、店主の人となりのようなものが、店の空間と気を作っていくのだなあ、と思ったものでした。

ああ、そういえば。
以前結婚していたとき。


後片付けは私がするからいいのだ、と家族を台所から追い出した義母が
台所で立てる音が私は苦手でした。
洗い物の音、皿を重ねる音、いつまでもいつまでも続く後片付けの音。
それは「家族を休ませて、家事をしている私」をアピールするかのようにも聞こえたものです。アピールなのだから、大きな音が必要なのかもしれない、とまで思ったものだ。


「頑張ってる私」に夢中になって、自分の立てる音にむとんちゃくになってしまうのって、主婦にはありがちなことなのかもしれないけれど。

でも

調理をするのだから、炒めたり揚げたりする音は変えようがないけれど

鍋の扱いや、皿の重ね方
包丁の立てる音なんかは
その人の生き方みたいなところと、深くつながるものなんじゃないかと思います。
中華料理屋みたいに、大きな音が立つほうが景気よくて食欲が湧くこともあるけれど、団欒したい家庭とか、静かにお酒を楽しみたい空間では、「台所の音」は大きな力を持つのだなあ。


「人のくらしには、寝るにも起きるにも音がある。生きている証拠のようなものだ」(幸田文著 台所の音 より)


昨日の女将さんの音は、彼女の生きている証拠のようなものだったのかもしれないです。

私も、そんな音を立てる人になりたいな、と思います。

ほんま
ええもん見せてもらいました。

そういう場所に、人ってまた行きたいなあって思うものなのだなあ、と思います。たぶん、また行きます。笑

□ 「ごはん作りが何より大変」と答える人が多い日本

仕事柄いろんな主婦のお悩みというのに対峙することが多いのですが、いろいろアンケートやインタビューしてると、一番多いのが「ごはんづくりが大変」という答えです。献立を考えるのも大変だけど、作り続けるのも大変。特に、子どもが生まれると「ちゃんと作らなくては」ということで、料理が不得意な人はなおさら「ごはん作りが苦痛」となってしまう模様。

ちょうど先日、お友達がみつけてきたアメリカの「ランチパック」という商品。ほかの方のブログから拝借しました。こちらです。

http://academyblog.shopro.co.jp/column/2007/01/post_4.html

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学校のお弁当にこういうものを持ってくる子が多い@アメリカ。スーパーで売られていて、入ってるのはクラッカーとチーズ、ハムみたいなもん。いずれも保存料と塩分が高濃度。これにコーラーとかジュースとか。
私が小学校の時、アメリカンスクールの子どもたちがうちの学校に一定期間来ていたのですが、彼らのランチもこんな感じ。食パンにハム一枚はさんだものが入っていれば御の字。ポテチとコーラとりんご丸ごととか。そんなのがいっぱいありました。

確かに、こういうのを目の当たりにすると、日本は素晴らしい。胸を張ろう! って思えるんですけど、でも、そのごはんづくりが「苦痛」「たいへん」って思ってる主婦はいっぱいいる、ってことなわけです。

そういうたいへんなことを請け負っているからこそ、素晴らしい日本の食文化があるのだ、と考えることもできるんだけど、でもそうして請け負っているものの正体というのは、果たして「すばらしい日本の食文化」なのかなあ。
場合によっては、余計なものを背負い込んでいるところもあるのでは? というのが、ずっと私が考え続けていること。

たとえば美食の国フランスでは、レストランの料理ばかりが目に入ってきますが、一般家庭の食事ってどんな感じなんでしょ? いろいろ検索していて、ここの表記が一番近いような気がしたので引用します。

http://paris.navi.com/special/5036167

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外食率が日本に比べてそれほど高くないフランスでは、基本的に家庭で食事を済ませることが多いです。平日は特に忙しい人が多いから、簡単なものを準備する場合がほとんど。例えば、仕事帰りにチーズとハムを買う。それからパン屋に寄ってバゲット(フランスパン)を買う。家にはワインがストックされている。野菜が食べたい人はこれにサラダを足し、子供達には温かいスープを足す。乳製品や加工肉、パン、ワインが美味しいフランスですから、これだけで、十分豪華な食卓になると思いませんか?そして週末は、のんびりマルシェへ出かけ、鶏肉専門店でローストチキンを買う。それにサラダとバゲットを添えて、ストックしているワインを足せば、豪華なブランチの完成です。料理が好きな人は、週末に家族や友人を招いて、フランスの一般的な家庭料理を振舞うこともあります。庶民派フレンチはこんな簡単な食事だったんですね。
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一般的に、主婦が「作るのが大変」と困っているのは、たいてい夕食です。献立を毎日変えなくちゃいかん、というのも大きな要因だし、栄養のバランスを考えるとか、節約もしなくちゃとか、皿数並べなくちゃとか、いろいろ大変。

先日耳にしたのは
「夫が皿数が少ないと不機嫌になるので、最低5皿は並べるので時間がかかる」
「市販の惣菜を買ってくるとすぐにばれて、箸をつけてくれないので、全部手作りしないとならないので大変」
という、なんぢゃそらあ!!! というようなお話。でも、こういう人は意外と多いらしい。

「あまり好きじゃないものが並ぶと子どもが食べてくれないので、毎日工夫して子どもが喜ぶものを考えている」とか
「ピーマンが好きじゃないので、なんとか食べてもらえるようにムースにしたり、形が見えないように小さく刻んで混ぜたりしています」とか。

手をつけないなら、「残念でした」で、勝手にお腹を空かせてもらえばいいじゃないか。もしくは自分で作って並べてもらえればいいじゃないか。
子どもが食べないのも、お腹空かせておけ。ピーマン? 一生食べなくて何か支障でもある?

と、私は思うんだけど、そうはいかないものが、何か根底に流れているように思うわけです。

ほいでもって、フランスの夕食に戻るんだけど、私があっちに滞在していた時にいた家も、家庭料理は非常に質素でした。で、その時のことを思いだして、私もたまにそんな夕食になることがあります。これは昨日の夕食。

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私が好きなパン屋さんのAntenDoのバトンというフランスパンは、日本のフランスパンのように中がふわふわしていない。あちらで食べるのに非常に近く、がっしりと固いハードタイプの皮に、もちもちっとした風味の深い中身で、しっかり噛んで食べるバゲットです。
これに、西荻窪の「もぐもぐ」というソーセージやさんで買ってきた手作りベーコン、ほうれんそうと玉ねぎをはさんだだけのサンドイッチ。
このソーセージやさんは、ご主人がドイツで修行を積んできて、ここで手作りでハムやソーセージを作っているお店です。スーパーのベーコンとはもう、存在がまるで違うおいしさ。

たったこれだけ? サンドイッチ1個?
と、普通なら夕食の食卓に並んだら大ブーイングのはず@日本。

でもね、ちゃんとおいしいパンと、しっかり作られたベーコンを、もぐもぐとしっかり噛んで噛んで時間をかけておしゃべりしながら食べれば、お腹も心もすっかり満足して、夜遅くなってもお腹が空かないのです。
この日はアルコールを抜いたけど、これにワインとチーズがあって、食後に小さなタルトとか、果物があれば立派な夕ごはんです。すごーくフランス的。

もう1日、こんな日も。

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具だくさんのスープ、チーズ、バゲット、コーヒー、果物のジュース。
ハードタイプのフランスパンをおいしく食べる切り方は、上記の形です。輪切りにしない。この形に切れば、トースターにも入れやすい。

はて。

ここまで来てはたと気づくわけです。

これは、日本食でも十分にあてはまる、と。

白米ではなく、しっかり噛んで滋味のある玄米を主体に、具沢山の味噌汁があり、あとは、漬物とか納豆があれば、たいていの栄養素は取れてしまう。
先に紹介したフランスの家庭ごはんのレポートを元にするなら、ここに「帰りがけに商店街で鯖の塩焼きでも買ってくる」とか、「刺身の盛り合わせ」とか、それこそコロッケやからあげ買ってくれば、それで十分ちゃんとごはんなわけだ。

キホンのセットがあって、そこに「帰り道でみっけたもん」が加わればなんとかなるというのが、夕ごはんでよいのではないか、と思ったり。
もちろん、それが旬のきのこだったり、青々としたカブだったりしてもいいわけで、それをさほど複雑ではない方法で調理して並べれば、十分だったのではないか@日本の食卓 なんて考えたりするわけです。

いつから、そこにイタリア料理や中華料理やエスニック料理が加わり、日々テレビや誌面をにぎわす献立がどんどん加わり、鍋も豆乳やトマトやカレーなんかでバリエーションつけなくてはならなくなり、複雑化してしまったのかのう@家庭の食卓。
そのくせ、従来の「会席料理」っぽい刷り込みもあるから、酢の物や煮物やサラダやスープも並ばなくてはならず。

そりゃあ、大変だよ。
日本のかあちゃん、すっごく頑張ってるよ。
お弁当もあるし。
朝ごはんだっていろいろ工夫しろ、ってすごく言われるし。


私ね、このあたりのいろいろな家事の複雑化は、高度成長期に専業主婦が新しい職業として脚光を浴びた時代に、集大成されたのではないかと思っているんです。
いままでにない、スマートできれいなお仕事(永久就職)だった専業主婦の価値を確立するためにも、さまざまな生活情報が生まれた時代でした。
この時、「家族の健康と栄養を管理する」大切な項目として、日本食と進駐軍の持ち込んだアメリカ式栄養学(アメリカの脱脂粉乳やマメやトウモロコシや肉をたくさん消費してもらうための>笑)などがミックスされて、膨大な家庭食のノウハウが生まれたんじゃないか。
同時に、「妻の心得」「母の役目」としてのメンタル教育も盛んに成された。今までの日本の知恵や心根を受け継ぐ部分もあったけれど、新しく生成されたものも多かったと思うわけです。
あとは食品の流通のかたちの変化も大きい。
たとえば前出のフランスパンのサンドイッチを、コンビニの食パンと、スーパー特売のボンレスハムから作ろうとしたら、そうだなあ、やっぱりいろいろ工夫をしないと、と思うわけで。
おいしい素材が安く手に入る場所なら、シンプルでも十分おいしく食べ続けられるものが、「大型スーパー」という流通の中が主体になってしまったことで、食べ方のかたちも大きく変わってしまったのかもしれない、とも思うわけです。で、この「大型スーパー」というのもまた、アメリカから入ってきたものでもあるわけです。(当のアメリカの食文化の現状は言うまでもありません)

何が言いたいかというと、家庭のごはん作りが大変だから、もうちょっと簡単にしてもいいんじゃないのか、という話をすると、たいてい「日本の素晴らしい文化なんだから」といわれることが多いんですが、それは果たして「受け継いできた素晴らしい文化」なのか? とちょい傍観してみることも必要なんじゃないか、ってこと。いろいろなものを取り込みながら、変形してきたのが今の家庭のごはんなわけで。

本来の形は、めしと味噌汁と漬けもんみたいなものに、なんかが加わりゃええよ、ってあたりで十分完結していたのが、日本の家ごはんの文化。
こういうあたりに立ち戻っていけば、いろんな意味でぐんと楽になっていくと思うわけです。もちろん、和食だけでなくてよくって、上記のようにフランスパンのサンドイッチだけだって、立派な食事だし、世界ではこんな家ごはんも多いわけで。

毎日献立変えて、いろんなレシピ参考にして、夫も子どもも喜ばなくちゃいけなくて、お皿がいくつか並ばなくちゃいけなくて、其の上栄養もあって節約もしてて、惣菜とかインスタントや冷食になるべく頼らない。。。。
なんてことを毎日続けるのはほんま、大変に決まっとるよのう。。。。。。と。

ほいでも、そういうおうちごはんで育ってきた人たちにとっては、逆に、ごはんと味噌汁に1品、という食卓を作るほうが、ずっとずっとハードルが高いのではないか、ということも感じる昨今。
昔ながらの日本食は手間がかかるから、と思っている向きもあるけど、逆に今時の家庭ご飯のほうが、なんか手間がかかってないかい? もっとシンプルで、簡単で同じ物の繰り返しでもええんじゃないの? というのが、このところの私の思い。

とはいえ、そう思ってる当の本人がいろんな料理作ってるじゃないかよ! という突っ込みどころ満載なのでありますが、それは、「大変じゃない」からなんす。
家族少ないし。その家族も食べないこと多いし。
そんな私でも、フルタイムで子ども小さかったときはほんとに辛かったもん。
余裕のある日に、自分の趣味で作るから大変と思わないわけで、ある意味、こんな輩があれこれメニューを並べ続けることで、「あかん、うちは」と思ってしまう人もおるんかなあ、と思うと責任感じちゃったり。
楽しく大変だあ、と思えることは続ければいいけれど、本当に辛いなあと思う時には、シンプルな繰り返しで乗り切って十分。あとは家族で作るのをシェアしたり、外食の日を作ったり、惣菜の日を作ったり。
うちは「水曜日はカレーの日」と決めただけで、ぐぐーんと楽になった時期もあります。要は、自分に複雑なものを課し過ぎないでいたいなあ、と。
いずれ、いろんなことができる時代がやってくるしね。。。。。
今日もつらつらと長文になりました。いつも長くなっちゃうなあ。

結論

AntenDO のバトン はうまいよー!

□ 家族ごはん、ひとりごはん

息子が高校を卒業したので、夕食を家で食べる機会が増えました。新学期になっていますけど、うちは海外に出る予定なので、今月はまだまだ無所属で在宅中>笑

やっぱり誰か食べる人がいるのといないのとでは、調子が違います。一人で食べる分だけを作っていたのとは大違い。
うちは母子二人の家庭なので、子どもが夕食を食べないという日は、私は一人で自分の分だけのごはんを作ります。高校3年間、そんな日がほとんどでした。
最初のうちは、一人の食卓がとてつもなくわびしく感じた。昼はいいんだよね、明るいから。夕食がぽつんと家に一人。帰ってきて食べる予定もないから、作るのは自分の分だけ。
そういう体験をしてみると、昼間のテレビや雑誌で大量に流れてくる献立情報というのは、「3,4人ぐらいまでの家族のために作る」ものがほとんどなんだなあ、ということに改めて気づくわけです。
一日中家族のごはんの心配をしていた頃は、まったく気づかなくて、ごはんを作るって、世の中みんなそういうことでしょ? なんて思っていたかも。

雑誌のお仕事や講演などで主婦の方たちとお話すると、多くの人は自分の暮らしがデフォルトだと考えているので、ちょっと違うスタイルや、自分の主旨と違うものに対して、結構保守的だと思うことがあります。
「うちはそういうのはやらないから」「私、嫌いだから」「夫が嫌がるから無理」「子どもが3人いればそんなことはできない」等々。
暮らしとは、そうして自分の立ち位置の視点からいろんなことを取捨選択していくものなのだけれど、夫と子ども1人〜3人といった読者をターゲットにして、読者の声をリサーチしながら作られているメディアでは、こうして切り捨てられていく情報がかなりあるように思います。

ビジネスとかファッションでは、さまざまな世代やライフスタイルの切り口で受け皿があるんだけど、こと、家事に関しては、想定ターゲット意外の切り口での情報ソースがあまり存在しないために、さまざまな家事のデフォルトが「家族持ちの家庭」に設定されてしまっているところがある。
そういうのがちょっと、居心地が悪いなあというのが、私の家事への関心の原点にあるようにも思います。

ま、どうでもいい前置きだ。
つまり何が言いたいかというと、ちゃんとしたごはんを作れるってのは、やっぱり食べる人がいるからで、そういうループの中にいる人にとっては当たり前のことでも、一人暮らしになったらできないこともいっぱいあるでよ、と思うってこと。
もう脳みそ回路もからだの動きも違っちゃってるので、別のノウハウが必要だよねってこと。
そういうこぼれ落ちている部分を、もっともっと見れる形にしていって欲しいよね、ってこと。
今回テレビのお仕事をして、さらにそう痛感。作り手の中にある「そういうものだよね」という固定観念の強固さ。情報や映像がそういう場所だけで創りだされてはあかんよなあ。

その意味では、最近は家事がちょいユニセックス化してきたし、ごはん本もこんなのが出てきて私は大歓迎だなあ。
オレンジページの「たべようび」

この雑誌の居心地のよさのひとつに、主婦向け広告一切なし、というのがあるねと先日も話していたところ。普段はまったく気づかなかったけれど、自分がある種のターゲットの中に組み込まれると、社会側で設定されたひな形にのっとった情報が流れこんでくる。それを見て、なんだか自分の形が変形していくというか、適応していくというか。
そういう「あなたってこういう人だよね」という枠みたいなものが、私は苦手なのかもしれないです。

あら、また前置きだよ。
ということで、本題は昨日のゆうごはん。
おうちでフレンチ。
なんだかそんな気分だったから。
誰かに作る、となったとたん、こんなものも作りたくなる。
これ、一人ご飯では絶対作らないなあ。
っていうか、食材がよく巡回する状態で作るものと、滞留時ではメニューはすごく変るよね。一人だと滞留するから、無駄がないものに集約されていくし。

ということで、長くなったのでごはんの話は別に書く。
つづく。

□ ジェーン・バーキンとチャリティの原動力

3月28日、ジェーン・バーキンが東日本大震災復興支援を目的として始めたコンサート「Jane Birkin sings Serge Gainsbourg "VIA JAPAN"」の最終日が、オペラシティのコンサートホールでありました。

バーキンがゲーンズブールの唄で1本のコンサート。ゲーンズブールといえば、ちょうどこのコンサートの前日に、私はパリから戻ってきたのでした。
ゆっくり街歩きができた今回の旅で、尋ねた場所には、こんなところが。
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サンジェルマン・デ・プレにある、ゲーンズブールが住んでいた家。この時代、フランスのやんちゃなオヤジの代表だったゲーンズブール。次から次へ女性を変え、バーキンとの間にできた娘、シャルロットとのスキャンダラスな映画を撮り、好き放題の人生を送って逝ってしまった人。
お墓も彼らしかった。
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墓石の上に今もなお、山のような花やプレゼント。モンパルナス墓地の中でも、ここだけが異風を放ち、ゲーンズブールが今もなお、フランスのアイコンであることを物語ってる。
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墓標はキスマークと落書きだらけです。
そんなセルジュが、若かりし頃のジェーン・バーキンのために書いた曲だけを、バーキンが唄うコンサート。セルジュの没後20年を記念して企画されたこのコンサートは、2年前の3月11日の東日本大震災を知ったジェーンの意向で、日本のミュージシャンだけを集めた形で、世界中を回りました。
その最終日が、28日のオペラシティのコンサートだったのでした。
若い頃の神経質なバーキンの声で歌われるセルジュもよかったけれど、今年67歳になるジェーンの声で唄われるセルジュのナンバーは、今日、ここでしか聴けない音として、胸の中に深く深く残った。しかも席が前から3列目。もう、目の前で「無造作紳士」を唄うバーキンの毛穴まで見えちゃいそうな。。。>笑

バーキンが好きで、セルジュが好きで、そしてフランス語が好きでよかった。本当に生きてれば、こんなひとときを味わえることができるんだ、って、もうなんだか涙腺崩壊。
そんなコンサートでした。
たぶん、人生で足を運んだコンサートの中でも、3本の指に入るぐらいよい時間だった。そして、よく泣きました。
胸に深く深く残った理由には、彼女の東日本大震災復興支援の活動も大きく関係しています。
3月11日、ジェーンは入院していた病院で震災を知ります。いてもたってもいられず、原発事故を知って心配する周囲の反対を押し切り、彼女は単身で日本に来て復興支援コンサートの開催、街頭での義援金募集、都内避難所の慰問などの活動を行いました。
そして、日本への支援を呼びかけながら、この2年世界を回り続けていたのです。

コンサートで、彼女のミニフィルムが回りました。そこには、石巻の被災地や、仙台の幼稚園や小学校を回る彼女の姿が。
きっと、仙台の小学生は、ジェーン・バーキンのことなんて知らないはずです。それでも、地道にこうした活動を続けていてくれる姿に、本当にありがとう、心からありがとう、と、そんな思いで胸がいっぱいになりました。
彼女のメッセージにも、胸を打たれました。

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このコンサートツアーで私は、日本人の音楽家と一緒に1年半にわたって世界中で演奏をしました。 日本の皆さんのことを忘れないために。ただ思うだけでなくすべての公演地で、募金活動(こどもの音楽再生基金)も行なっています。少しでも家やものや家族を失った方々のお役に立てるように、本当にすべてを無くされたのですから。これらの活動が包帯のように傷口のひとつをふさぎ、そして私たちの心がいつもそばにあることを感じてほしいのです。

この公演を通して観客は日本を思うでしょう。震災のことは以前ほど語られなくなりましたが、私はステージに立つたびに皆さんに思いを馳せます。
福島で起きたこと、被曝した方々、自分の家に戻れない方々、かつてコンサートで訪れた仙台の地で漁業や農業に携わる方々、経済的理由で避難できない方々、故郷にとどまる決心をした方々、皆さんは私の誇りです。

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なんか、すごく僭越なんだけど、彼女のメッセージがそのまま自分の思いと重なってしまい、胸がいっぱいになってしまったというか。

3月11日。
家で震災の様子をテレビで見ていた私は、津波の映像と、東北に住むたくさんの友だちのことを想って、すっかり気持ちが壊れかけてしまいました。
いてもたってもいられず、どうしてよいかもわからず、それでも何か自分にできることはないのか、と考えて最初にしたことが、手を動かすことでした。
気がつけば、手元にある着物の生地を染め、ひとつひとつ祈るような気持ちで桜の花を作っていました。季節はちょうど、卒業と入学の時期。
東京は被災地ではなかったけれど、震災があったことで、卒業式がなくなってしまった子どもたち、楽しみにしていた謝恩会や、卒業旅行がなくなってしまった子どもたちのことに思いを馳せながら、せめて小さな桜の花を子どもたちと、お母さんに送ることはできないか、と。
被災地の様子がわからず、子どもを持つ身としては単身で被災地に飛んでいくこともできず、今の自分でできること、役に立てることと考えた末に思いつけたのは、こんなことぐらいしかなかった。

それでも、同じような想いを持つ人はいるんじゃないか。そんな想いを、一緒に活動をしていたクリエイターの仲間に、投げかけたことではじまったのが、このチャリティの活動でした。
http://f-ren.com/pray-for-japan/

震災の3日後には桜の花が作られ、その後数日で賛同者が集まり、3月末にはチャリティカートが動いていました。この間の、仲間たちのフットワークの速さ、想いの強さに、私自身もまた、強く助けられたように想います。


私がこの呼びかけ文を書いていた頃は、まだまだ先のことまで考えられる状態ではなかったけれど、その後、フラーレンでは賛同してくれる仲間とともに、いくつものチャリティ活動を続けてくることができて、やがて、それが「Tomorrow For Children」というチャリティユニットの結成にもつながっていきました。
http://tfc.shop-pro.jp/

そんな日々が走馬灯のように蘇り、そんな中で、こうした活動の原動力になる想いが、ジェーン・バーキンの想いに重なっていき、いまここで、これから先、自分には何ができるんだろうという問いかけも含めて、ずっしりと心に残る一夜となったのだと想います。

私自身が、こうした活動の中でずっとずっと大切に思い続けていることが、ひとつあります。 

それは、震災の前に仕事で出会ったある女性の言葉。
「どんなに大変か、どんなに悲惨なのかを訴えて寄付や支援を求めていくと、やがて行き詰まるんです。さらに寄付や支援をしてもらうためには、もっと悲惨で、もっと大変な映像や情報が必要になる。そうするとね、もっと悲惨なことがないかと、探すようになってしまうんです。それは辛い。
続けていきたいなら、するほうも、されるほうも、楽しいと思えることじゃないとダメだと思うんです。だから、私は笑顔になれることをしていきたいんです」


ものを作り続けることで、作る私が救われる。そして、そうして作られたものを見てもらうことで、買ってくださった人にほっこりした気持ちになってもらう。楽しいな、きれいだな、と思えた時に、小さく被災地のことを思い出しもらい、それが小さな支援になる。

そんなことを、小さく長く、続けていければいいな、と思うのです。

2年近く、世界を回り続けてくれていたジェーン・バーキンの笑顔を見ながら、私もこんな風に、笑顔で、でも、やるべきことを忘れずに続けていけたらなあ、と思いながら、会場を跡にしました。


当日、コンサート会場で売られていたのが、こんなアクセサリー。

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仕事を失ってしまった石巻の女性たちに、仕事を。そんな目的で作られているアクセサリーに、ジェーンがメッセージを添え、石巻の手仕事プロジェクトとして2100円、3150円で売られていました。

ジェーン・バーキンを知らない人は被災地にもたくさんいると思うけれど、ファンが集まるコンサート会場では、これらのアクセサリーが飛ぶように売れていきます。
以前、シンディ・ローパーが震災後に来てくれた時、「私は有名です。その有名さをこういう形で使えるなら、私は喜んで使います」と言っていたことが胸に迫ったけど、同じように、ジェーンもすばらしい方法で自分の力を使っているのだなあ、と痛感。

そして、この「被災地に仕事を生み出す」というところがまた、私がずっとずっと思い続けながら、形が見えずにいることでもあるのでした。 
仲間とともに2年続けてきた小さなチャリティの形。よいペースで続けながら、「被災地とつながる」というところで、これから先にできることが何かないだろうか。ちっぽけでささやかな自分だけれど、そんな自分でも持てる小さな力を、これから先どんな形にしていけばいいんだろう。

そろそろ、そんな1歩を踏み出す時なんじゃないだろうか。

そんな想いをたくさんもらった一夜でした。 
ジェーンが好きでよかった。
ありがとう。
最後にわたしの宝物の一枚。

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アムネスティのパーティにて。
すごくうれしかったです!

□ 「日本のサービス」について思うこと

わー! なんだかここが放置されていることに気づく。

facebookでの気やすいやりとりに慣れてしまうと、ちゃんと文章を書くことがおざなりになっていくのだなあ。ということで、ちゃんとブログも書くことにします!
ここはごはんを中心に書いているところですが、ちょい前から日々の徒然も書きとめようと思っていたのではないか@私! ということで、今日はちょいそんなこと。

10日間パリに滞在してきました。
3ヶ月前も同じくらい滞在していたので、今回は割とゆっくり。
で、やはり「観光客」とはちょっと違う視点で違う国に滞在すると、その国の良さもさることながら、日本という国の素晴らしさにも改めて気づくわけです。
日本はなんといっても住宅のインフラがすごい。住宅設備機器の充実、上下水道や電気の安定供給、電化製品の進化度など、どれを取っても世界の中でもピカイチなわけで、今日は寒いのにマンション全体でお湯が出なくなっちゃったよーとか、エレベーターがもう3日も止まってるんですけど、、、、なんてことは、余程のことがない限り起こらない。
ちょっとばかりいくつかの国を訪れれば、住宅インフラのレベルは、世界の中でも最高峰に近いのではないか、ということに気づくはずです。
そして、もう一つ頻繁に言われるのが「サービス」の質が高いということ。これは、海外に住む友人たちも口にすることが多く、日本の「おもてなしの精神」は、世界に誇れるものだ、と思ったりもするわけです。


さてと。




その「日本のサービス」について、ちょっと感じたことがあるので書いてみようかな、と。

今回、いつも利用しているエールフランス便ではなく、マイルを使うために帰国便はJALを利用しました。ヨーロッパ便でJALを使うことはあまりないのですが、サービスの質も、海外の航空会とは大きく違うわけです。


エールフランス便では、フライト半ばの間食と飲み物は、キャビン周辺にバーが出来ていて、「勝手に持っていけ」「食べていけ」状態になります。この間、アテンダントさんたちは隅っこで談笑したり、自分たちもおやつを食べたり、奥に入って仮眠したりして勝手に過ごしている。

JALは、きちんと間食もアテンダントさんが持ってきてくれて、飲み物も好みのものを座席に座った状態で提供してくれる。食べ終わったらゴミも持って行ってくれるし、手元にない飲み物でも、リクエストすればちゃんと、キャビンから用意して持ってきます。満面の笑みで。
もちろん、スタッフ同士が私語で盛り上がるとか、お客さんとふざけあうなんてことは金輪際ありませんともっ。最初から最後まで、スタッフはオフィシャルトークです。
さすが日本のサービスは違うでしょう?



……と、思いますか?


私ね、そうは思えなかったんですよ。
一番眠りたい時間帯に、熟睡していたら俄然騒がしくなり、飲み物ワゴンが客席を回り始め、あらら、もう朝食?? と思って起きて回ってくるのを待っていたら、黙ってテーブルに置かれたのは大きなチョコレートデニッシュ1個。
「お夜食です、お飲み物は何に致しますか」と満面の笑みで。いらんて、こんなもん。てか、起こすな、こんな中途半端な時間に。
食べたくないときに、食べたくない同じものを全員に配るよりは、「もってけ」とただ山積みにされているエールフランス便のほうが、私はずっと親切だと思います。しかも、山積みにされいてるのは大量のシャンパンやワイン、ジュース類も多種。サンドイッチやスープ類などもあれこれあって、チョコデニッシュ1個よりずっとまし。

ま、このあたりは個人の好みだとは思うけれど、問題は「おもてなし」のサービスが生み出すスタッフの仕事量です。
「勝手に食べてけ」スタイルなら、欲しい人は自分で出かけていって、出たゴミもも自分で捨てていきます。JALスタイルでは、スタッフが隅から隅まで移動して配り、ないものをリクエストされる度にキャビンに行って用意して戻り、配り終わったと思ったら、ゴミを回収しに周り、もう止まっている暇がない。
とにかく、スタッフはちょこまかちょこまか、動きまわり続けているわけです。
たいして必要とされていない(場合によっては、過剰)なサービス提供は、スタッフの仕事量を増やします。仕事量が多いことが、サービスの質が高いと勘違いする向きもあるけれど、実際には無駄な仕事を大量にしている、というのが正直な印象。ゆっくり休みたい機内では、「スタッフが無駄に動き回らない」というのも、大切なサービスの一つじゃないのかね、と思ったりも。

アメニティについても同じ。
トイレに入ったら、2本だけ歯ブラシが紙タオルの上にきれいにセット。引き出しを開けたら、5本だけ歯ブラシが入っている。
キャビン前に小さく「ご自由にお持ちください」と出ていたテーブルに置いてあるのは小さな袋菓子が数個と、飲み物が少量。
いずれも観察していたら、ほぼ見つけた人が「少ししかないから取られないうちに身内に」と、まとめて持ち去られ、変な寂寥感が。

「サービス」の形だけがある、というのが正直な印象なのです。「形」を決めてそれを守る。いろんな「形」を先取りして考えてしまうので、そのためにどんどんスタッフの仕事量は増える。増えた割に、都度変わる顧客満足のコアの部分は意外とのがしてしまっている。そんな感じ。
物理的なコストを削減した分、サービスで補っているという部分もあるのかもしれない。いずれにしても、スタッフの仕事量を増やしていることに変わりはないわけですす。

さて、やっと日本に到着して、機内を跡にして荷物のピックアップへ。
待っている間、ずっと館内放送で繰り返されていたのは「税関は混みあうので、荷物を取ったらすみやかに出てください。荷物の詰替えなどはロビーで」。
しかし、税関混み合っていません。列ほどんとなし。
荷物を待つ人もそろそろまばらで、まわりに人はあまりいないので、相方の荷物がなかなか出てこないのを待つ間、ちょろりとスーツケースを開けて、手持ちの袋を中に入れました。
途端、すかさず、スタッフが私の前を通り過ぎながら言いました。
「荷物の詰替えはロビーでお願いします」。
はい、すみません、ちょっと待ってる間に、、、、と答えようとしたら、その人はもう通りすぎてはるか彼方です。文字通り「通り過ぎた」んです。立ち止まりもせずに。「注意しました」という既成事実を作りたかったとでもいうように。

その後、無事荷物を受け取り税関に向かうと、私の前に終わった人が、出口手前で奥さんを待っていました。
すかさずスタッフが「通り過ぎ」ながら言いました。
「税関は混み合っておりますので、ロビーに出てお待ちください」。
繰り返しますが、税関ぜんぜん混んでいません。出口付近に人が集中なんてこともありません。立ってたのはその人だけです。

ははあ、と思いました。

この国で生きていくためには、こういうことがよく見えていないとあかんのだな、と
この国は「形」が好きです。
まず、最初に「形」を作りたがります。
形ができれば、あとはスタッフは「形」を守ることが仕事になります。
ただ、形はどんどん増えていき、それは「労働」の増加につながります。日本人はよく働きます。でも、守らねばならないその「形」は、実は実際には大して意味のないことや、逆になくてもよいものであることも多いのです。

日本人はまた、一度決めた「形」に違反する人に不寛容です。
形の違反にはいち早く気づき、注意をします。
形違反なのが問題なので、別に今はその形を守る必要はない、という時でも注意はします。それが仕事だからです。
そこで物事を本質的に解決したり、本当に「してはいけない」ことに気づいて、起きてしまったことに迅速に対処することはとても苦手です。

だからこの国で、これから働いて生きて行こうとする息子たちの世代へ。

「形」の中にある、無駄なものと本質を見極められる眼を持て、と言いたい。自分のいる場にある「形」に流されていくと、本来やる必要のない仕事も増えていき疲弊してしまう。その場の中だけにある「形」を疑え、と。
そして、「形」に違反することばかりを恐れずに、本当のリスクを見失わない眼を持って欲しい。やってはいけないことは何なのか、本当に向き合わなくてはいけないことは何なのかをちゃんと見据えて、本当に必要なときに、自分で判断して動ける大人になって欲しいと思います。

いい国だけど、ややこしい。
流されると、疲弊する。

何より、価値観は世界中でいろいろあるんだということを知って欲しいと思った今回の旅でした。
ってことで、パリ便はやっぱりエールフランスが好きだ。そういう結論。笑。

□ 食材と値段の関係

震災後、とんと足を向けなくなっていた地元のスーパーにすごく久しぶりに出向いて驚いた。なんだろう、この殺伐感。こんな光景じゃなかったはずじゃん、としばし呆然としちゃったよ。

平日午前11時。店内は驚くほどの人、人。明らかに過密状態の中、話し声はほとんど聞こえず。ただ、忙しそうにカートが右へ左へ動き回っている中、レジのバーコードを通すピッ、ピッ、ピッ という音だけが反響してる。SF映画の一コマかと思っちゃった!
カゴに半分ほど食品入ったところで激しく後悔。
レジに並んだところでもう、すぐ帰りたい気分満載で、ほうほうの体でお金払って退散。
駐車場までの道のり、眉間にシワ寄ってしまい、帰りにあちこち寄ろうと思ってた予定も全部やめて帰ってきた。
ほいで、気づいたよ。
店内にいた人、会話もなかったけど、ほとんど笑顔の人がいなかった。

毎日のおかずや日用品の買い物というのは
こういうことなんじゃろうか。
機械的で、義務的で、笑顔のないものじゃんじゃろか。
なんつか、八百屋とか肉屋とか市場みたいなところで、もうちょっと会話とかしながら
夕方雨が振るらしいよとか
今日はこれが入ったよ、うまいよとか

そういうこといいあいながら、なにがしかのものを買うことで
ちょっと楽しくなったり、潤ったり。
そういうもんであってもいいんじゃないのか、買い物って。

ちょい衝撃を受けて帰宅。

最近、もう私はこんな感じのことが多くて、だからほかのスーパーもあまり行かなくて
宅配とか、ネットスーパーを利用している。
とにかく、大きなスーパーマーケットでの買い物が、どうにもこうにも楽しくないのら。

ほんでも、そういうスーパーでの買い物を楽しむ人もいるんだから、って思ってたのに
大量の人がいるのに話し声がまったくしない、殺伐としたOKストアの風景見て考えちゃった。
あれれ? 楽しんでる人はいないのか。なんでこんな怖い顔してるんだ、みんな、。。。

このOKストアというスーパーは、安いのが信条でメディアにも取り上げられてる。確かにすっごく安い

OKストアができたのは、10年ほど前。その頃は、近隣のほかのスーパーと共存してて、棲み分けみたいにみんな用途に合わせて使ってたんだけど。派遣切りとかあれこれ不況が深刻になってきてから、「安い」という理由で一気にOK人口が増えた。
平日でも駐車場に列ができるようになり、休日ともなれば、店内は家族連れでカオスと化すようになり、だんだんそれが辛くなり。

それでも、「同じものが歴然と安い」ことを理由にたまには足を運んでいたんだけど。
震災のあとのOKストアに並ぶ長蛇の列を見てから、なんだか怖くなってしまって行かなくなってた。


あれからだいぶたって、街は日常を取り戻したけど
今日の風景はなんだか衝撃的で、だからたぶん、もう私はここには来ないだろうな、と思って帰宅。

食材の価格差というのは、よほどの場所で買わないかぎり、とてつもない金額差にはならない。
家計を左右するのは、食品個体の価格ではなくて、「買い方」に尽きる。
…と、私は思ってる。

OKストアでバターは298円、駅前のスーパーでは348円で歴然の差だけど
それでも、差は50円だ。
お茶のペットボトル1本88円で売ってる! 安い!とかごに入れてしまえば、どちらも同じになる。

単体の安さに目を奪われてしまうことで、いつの間にか、食材探しの目は「安い」ことにばかり向くようになり、その日に安かったもので献立を考えるようになっていき、最後には他の店で買い物をすると「高い」と不快になる、というループを繰り返してしまう。
「安い」という価値観の差を歴然とした数字で識別することが、「食べる」という行為にあまりに直結しすぎている、というのが、私はとても気になるんだ、と思う。


いろんな場所のOKストアがあって、どこも同じというわけじゃないんだと思う。
でも、うちの近所のOKは、食材がよいとか、いろいろ工夫しているとか、そういういろんな条件を抜きん出た形で、「安い」ことが、ここで物を買う大きな理由になっている。そんな店に、大量の人が集まってくるのは、当たり前の市場原理なんだろうけど、でもこの殺伐感は一体何なんじゃろ。


主婦系の雑誌では、常に「いかに安く買うか」「食費を抑えるか」という記事が出ているけど、

毎日、食べる。毎日、食べるものを調達する。

という、もしかしたらすごーく大事な大事な繰り返しの中で、「安い」という価値観が必要以上にふくれあがってしまうことの、怖さというか、寂しさというか、殺伐さ加減みたいなことを考えた今日でした。


信濃町や中野に住んでいたときは、買い物楽しかったな。
商店街がちゃんとあって。
この街はどうして、こんなんじゃろな。

□ バッグの中身

久しぶりの日記です! 今日はバッグの中身についてー。

先日雑貨のお仕事をした際、私のバッグの中に入ってるバッグinバッグをライターさんがみつけて、「それ見せてください!」と>笑

バッグinバッグ。最近はかわいいものがたくさん出ているのですが、私が長年使っているのは、やっぱり無印良品のバッグインバッグ。安いし、惜しげなく使えるし、何より頃合いよくしっかりしているけど柔らかいので、バッグの中で邪魔にならないのですよねー。
こういうの、主張しすぎるとやっぱりダメなんだなあって思います。

今使ってるのはこの色ー。

Img_1730

ロドグリーで買ったパーツと、ひとつだけ落としてしまって方っぽだけになってしまったピアスを貼りつけて作った、自作のブローチを飾りでつけています。

中身はこんな感じ。


Img_1728

普通、バッグインバッグって、お財布や化粧品、携帯などを整理するために使う&バッグを変えるときに、そのまま入れ替えればOK という使い方なのだと思うのですが、私のバッグinバッグには、お出かけレスキューグッズが入っています。

外で「ありゃ、困ったなあ、あればよかったな」って思うものが、ひとつづつ、増えていってる感じ>笑
細かいものが多いので、ポケットがたくさんあるものがいいんですー。このポーチは外側にもファスナーポケットなどが3つもついてて、ほんとに便利だー。
バッグ自体にファスナーはいらないなあ、って思うんです。バッグを開けたときに、中身が全部見えるこのタイプが好き。じゃないと、バッグ内でごそごそしちゃってかっこ悪い。

中身も出してみました。


Img_1733

入ってるもの

マウスウォッシュ、バンドエイド
疲れたときのQPコーワ(笑)、お腹ピー!のときの正露丸、虫刺されやかぶれにオイラックス、目薬、常備薬各種(ウコン、ブルーベリー、バファリン、咳止め、ヘパリーゼ、漢方薬)
裁縫セット
ブラシ・髪ゴム・クリップ
アーミーナイフ(ワインオープナー、はさみ、爪ヤスリ、はさみなど活用)、
モレスキンのミニノート、ペン
除菌クリーナー、マスク、ティッシュ
化粧品(コンパクト、リップクリーム、口紅、ルージュペン)>ちょこっとお出かけの時にあればいいものだけ、ここに入っています。ちゃんと出かけるときは別途化粧ポーチを。
ローズマリーのハーバルオイル>リラックス、乾燥対策。何でも使えて1本あると便利。アイメイクが崩れちゃった時にも使えます。)


これだけあれば、外出中に何があっても平気!>笑
お友達が困っているときにさっと出してあげることもできるのだ。
あ、いまちょっとハンドクリームが欠品中。冬はハンドクリームのちっこいのが入っています。
いまちょっと探しているのが、楊枝や綿棒、コットンを少量持参できる容器。
何かとあったら便利だなあと思うことが多いの。何かみつかるといいなあ。

外出には、このバッグと
お財布とハンカチ、携帯があれば準備がほんまラクチンです。
旅行や出張のときも楽なんだよねー。

最初はもっと小さいものを使っていたんだけど、外出のたびに「あったらよかったのに」って思うものが徐々に増えて、今の形に。
ということで、なんだかライターさんがとっても喜んでくれたので、アップしてみました>笑
これらの写真類、来月どっかの雑誌に出るってー。


実は、先日行った無印良品の旅グッズ、MUJI TO GOでミニセミナーをしたのですが
そのとき紹介したのは、海外旅行のときに持っていく「機内持ち込みリラックスバッグ」と
「ホテルのバスルームで使うリラックスバッグ」のセットでした。
いつも私が持参していくものを、無印良品の商品でセッティングしてみたもの。

仕事帰りのOLさんたちが聞いてくださったのですが、想像以上にみなさんが興味津々で
終わったあとの質問も多かったのが印象的でした。
ちょっとしたバッグの使い方や、バッグの中身。。。。。。
女性にとっては永遠の関心事なのかもしれませんねー。

みなさんのバッグの中には何が入っていますかー???

□ 高いところにある食器を引き出しに移す

先週、ちょっと大きな地震があった日。
揺れた! と思った瞬間、液晶テレビを押さえに走り、目は食器棚を凝視している自分に気付く。
そうだった。
食器棚の中で揺れるお皿が、不安だなあと思いつつ。
去年の3月も、何も被害が出なかったことで安心して、先送りにしちゃってた。

そんな風に、心のどこかにひっかかっているのに、日々の中で見えない場所に追いやって過ごしていること、意外とあるんだなあ。

というわけで、やっぱりこれはあかんでしょ、ということで
お皿の移動と
防災グッズの再点検をしています。

防災に限らず、こういうことって大事なんじゃろなあ、と思う。
なんとかしなくちゃなあ、って思いながら先送りにされて気づかないふりをしていること。
まだまだあるような気がするなあ。


とりあえずは、お皿。

こんな風に収納されていました。
この家に越してくるときに、手持ちのお皿の半分を処分して
日常使いのものを使う数だけ収納しつつ使っていたはずの棚。
だんだんルールがくずれて、山積み状態になりつつあった。。。。。。

Dsc01846

この棚、ディノスで買ったもので、上は棚なんだけど下は全部、引き出し。
ここには、調理道具や食品、ラップなどの常備品が入っていたのですが
これらはすべて軽いもの。
なので、下にあるものを上に移して、上のものを下に、という一大入れ替え作業を決行。

Dsc01849

ツール類が入っていた浅い引き出しには小皿類。

Dsc01848

調味料や保存食品が入っていた真ん中の引き出しには、取り皿やごはん茶碗を。
お皿は、仕事机のところで使っていた無印良品のブックスタンドを持ってきて利用。
ぴったし!

Dsc01850

一番下には、大皿と、鉢類です。
大皿は、プラスチック製のファイルケースを2個利用。ひとつはこれまでもお皿用で使っていたものですが、もいっこは掲載誌を収納するのに使っていたもの。あまり気味だったのでちょうどよし。

お皿が入っていた上の棚は、同じく仕事机や作業場にあった、無印良品のファイルケースを持ってきて活用してみました。
そんな目で家の収納を見回すと、整理できる場所はほかにもあって、そこでだぶついた収納道具を別の場所で活用できちゃったりもする。
新しい収納道具を増やすと、ゴミが増えるだけなので(笑)、使い回しは大切。その意味では、無印の商品はほんまよくできているなあと実感す。

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頻度の高いものを、作業域の無理ない高さに。
すごくよく使うものは、取り出しプロセスを減らすために、引き出しではなく、その上のトレイに収納しています。よく見えるのも大事。(ふん、なんかエラそうだな@おれ)>笑

Dsc01852

もいっこ、流しの上の棚にも、小鍋やガラス製の漬物容器などが結構はいっていたので
これも下に移しました。
この中にぎっしり詰まっていた、油処理用のパッドや、お菓子づくりの道具などは、食器棚やシンク上の棚に移動。どうせ、紙やスポンジで軽いものだから、落ちてきても危険じゃないだろう、ということで。

Dsc01853

やってみたら、なんだかすごーくすっきり
そしてすごーい安心感。

なんで最初からこうしなかったんだろう。。。。。。。。。。

(えっと、なんだか色気のない食器が多いですが>笑
 この棚の中は日常ごはんの食器が厳選されておって
 もいっこ、リビングにある腰高のカップボードの中に、よそ行き用のお皿やグラスが
 ぎっしり詰まっています。
 こっちは低い場所にあるけど、地震が来たら割れちゃいそうなものばかり>友人の話でも
 バカラのグラスだけ割れて、景品のグラスだけ残った、なんて話多かったし>笑

 でも、なんかそういうものはまとめて壊れてしまっても
 手放せるって気がするんです。
 本当に生きる上では、必要ないものだからね。
 そんなことも含め、ハレとケに食器を分けておくって、私にとっては大切なことなのかも)


日本は地震大国。
それなのに、食器棚って背の高いものばかりですよね。
こんな風なレンジ台と食器棚が一緒になっているものも、上に長く作られておる。
でもって、なんだか普通に
食器は上
備品は下。。。。。。なんて思って収納していたんですが
安全を考えたら、上はなるべく軽いものにしとくのがええわけで。

今回の地震をきっかけに、いろんなことを考えている最近。
防災グッズも、前よりあれこれよく考えてセットしなおしました。
無印良品の防災セットなど買ってみようかとも考えたのですが
中に入っているものの多くはうちにあるものだったり。。。。。。

入ってるもののリスト参照して、100円ショップやネットで調達したものでセッティング。

Dsc01863

このあたりは、また別の日記で書いてみますー。


ということで、さっぱりしたキッチン。
息子が帰ってきたので、さっそく食器類が移動したことなどを報告。

うんうん、と真剣に聞いてますた。

一番いいのは、最悪のことが起こらないこと。
災害に教えられて、改善されていく暮らしというのもあるものなんだ。
いろいろ教えられることが多い一年です。


記憶の中の棚の上にあるふろしきの中身

10年勤めた会社を退職したのが、1997年。
あれからもう、何年?>遠い目。。。。。。。

3歳だった息子も17歳になりました。あ、今年はもう18かっ。
免許取れる。結婚もできる。
長くて近い道程だったなああ。ようがんばったぜ、かあちゃんの私。

そうそう
子どもを生んだときは、フルタイムの会社員でした。

育児時間短縮制度を取ったら、本来の私の仕事であった「展覧会およびイベントの企画運営」は実質上できなくなった。だって、それって設営も撤収も時間外でやるのが当たり前の仕事だったから。
休日出勤しなくちゃ、会場設営なんて無理に決まってるじゃん! っていうのが私が10年やってきた仕事だったから。
育児時間短縮制度を取得している人間を、休日や時間外に働かせたら、その部署の責任者は労働組合からペナルティくらってしまいます。結果、私は閑職になりました。
毎日、日が暮れる前に戻って子どもに食べさせ、子どもが寝たらもうやることがない。こんなに時間があるのに、やりたいことができないジレンマみたいなものを、当時の私は感じていた気がします。(手がかからない子どもだったんだよなああああ>さらに遠い目)

子どもを産んでも働き続ける。
そういう環境は整ってきたけど、企業の中で産んで、自分のスキルを生かす仕事につくというのは、実は思いの外難関なのだということにはじめて気づいた、新米母ちゃんの私。

結局、「したいことをする」 ために会社をやめたのでした。


あのときの判断は、いまでも間違っていなかったと思います。
当初思った形とはちがったけど、なんとかここまでやってこれた。

しかも、その半分はこの細い細い(うそ)かあちゃんの腕1本で。
子ども育てて犬も育てて(??)、ついでに自分の贅肉も(かなり)育ててやってこれた。
支えてくれた人たちのおかげです。
麦の穂のように、深く深く、頭をたれても足りないぐらい。
長かったな。でも早かったな。
みなさん、ありがとう。

そんなことを思う、2012年の1月の末の朝。
ぼんやりと会社をやめたときのことを考えていて、ああ、そうだ、そうだったと思い出したのは
会社をやめる直前に作った、名刺でした。

仕事で懇意にさせてもらっていた印刷屋さんのおじさまに(このおじさまは、私が初恋の女性にとてもよく似ているという理由から>笑、とてもとても親切にしてくださっていたのでしたよ)、こっそりと名刺を作ってもらったのです。
そろそろ辞める準備に入りたい。だから、ちょい自分のやりたいことを考えて、肩書きにして持っておこうかな、と。おまじないみたいなつもりでした。

肩書きは何にするの? と聞かれて、数日考えてお願いしたのが
「イラストライター」 という肩書きだった>笑

イラストも描きます。
文章も書きます!

そんな意気込みを感じますなあ>苦笑。
当時はとってもいいことを考えたと思っていたが、思い出してみたら面映い。ってか恥ずかしいぞ@ぢぶん。そうだな、なんかペンと手みたいなイラストも書いて、アイコンにしてたかも。。。。。
(ペンであるという時点で、すでに時間をかんぢる)


ある意味、この10年ちょっとで私はそんな夢をかなえたのだ、と思います。
それでもね
ほんとのほんとに、自分が一番やりたかったこと、というのは
時代のどこかで、必死に走ったり歩いたり、立ち止まったりする中で
ふろしきに包んで棚の上に置いてしまった気もするこのごろ。

ふろしきの中には何が入っていたんだっけ。
あれ? 実は自分は、何をしようとしてたんだ?

なんてあたりを、取り出して眺めることが多くなりました。
つまり、そういう年代に入ったのだ、ということなのだと思います。


そんなふろしきの中に、ひっそりと眠っているもののひとつに
やっぱり

絵を描く

ということがあります。
イラストは挿絵としていろいろ描かせてもらってきたけれど、説明補助の挿絵ではなく、ちゃんと自分が描いたら楽しい絵を、もうちょっと描く時間を増やせたらいいな、と。
ま、結局は芸術家としての才能はなかったわけで(んなことはこの年になれば痛いほどようわかる)、それでも「描く楽しみ」という時間を、これからの人生の中で少し取り戻していけるといいなあ、と。

そんな思いでいたりします。

3歳のころね。
母方の実家に預けられていたのですね、私は。
すでに官職を引退して、日曜画家になっていた祖父の横にちょこんと座って
古いお硯と古い筆をもらい、ちびた墨を祖父の愛用する錫の水入れからちょろちょろと出る水でおぼつかなく擦りながら

西武百貨店の広告紙の裏に、延々とお絵かきをしていた3歳のいづみちゃんは

やっぱりどうしても、私の原点です。
日本画の顔彩の古いお皿をお下がりしてもらい、それに着色していたときの、祖父の書斎の文机の風景は、墨汁や顔彩や古い書物のにおいと共に、私の細胞の中にしっかりと眠っているんじゃないか。
そんなことを考えて、やっぱり、子どもっぽい絵でも、ぜんぜん芸術的でない絵でも、書いていたらとても自分らしい場所に戻れるんだよなあ、って思います。


今回、そんな思いで描いた絵。
Tomorrow For Children の商品にさせてもらいました。
こちらに掲載してみましたー。
こんなのを日がな描いているのが楽しかった3歳のいづみちゃんは、50歳をすぎても、やっぱり描くのは楽しいです>笑
こんな時間を、ちょっとづつこれからは増やしていきたいなあ、って思ったり。

よかったら、覗いてみてくださいねー。
(と、さりげに最後は宣伝みたいになっちまったです。申し訳ないです。。。。)
カートはこちら(おずおず)
http://tfc.shop-pro.jp/

でも、なんだか久しぶりに時間を忘れて描けたのが、とても楽しかった。
またぼちぼち、描き続けていきたいです。


Pfukuju_edited1004

日本の花と実 プチ塗り絵シリーズです。
一部のみ着色したので、残りは自分で好きな画材で。
おじいちゃんはよく、こんな遊びをしてくれたものでした。線画だけの包み紙に、おひげやしっぽを描いたり、いたずらがきしたり。元の絵がどんどん変わってしまう楽しみも、子供の頃よくやっていたものです。
そんなお遊びには、おもしろいどうぶつのシリーズで。

Phihi_edited1004

優等生的に色をつけたのが上記。この線画だけのものを5枚。お出かけのときのじかんつぶしにと思い、手作りポーチに入れてみました。こんな感じ。

Dscn7824

ふと気づいたとき、手元に絵を描く道具や、色を塗って楽しめる物があるって、子どもの記憶にはとってもとっても残る気がします。
私の大好きなおもしろい動物5種類>笑 

全部の絵はアトリエいづみにあとで載せておきまーす。

http://atelier-izumi.jugem.jp/


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